18 初体験(意味浅)
「ただいまー。はー疲れた」
「おかえりなさいです! 深緒先輩格好良かったです!!」
澄まし顔で帰ってきた深緒を、灼が歓声と共に迎えた。冷静にしやがってせめてもう少しやってやった感を出せ。
と思っていたら、思いっきりドヤ顔してきた。これはこれでムカツク。
「どうだ灼ー。アタシは強かっただろー?」
「はい! とっても強かったです!」
「そうだろそうだろ? お師匠にしたくなっただろ?」
「いえ、あきのお師匠さんは出帆先輩ですので」
「なんでだよー!!」
このやりとりもいつもの事だ。わざわざ絡みに行く気はない。
「それより、灼ちゃん。中堅戦よ。気を付けてね。油断しないように」
「はい!」
「灼なら絶対大丈夫だ! 頑張れよ!」
「はい! がんばります!」
ぐっと拳を握って明るく言うと、そのまま対戦室へと向かった。
そんな彼女の背中を見送りながら、深緒がぼそりと呟いた。
「……意外と平気そうだな」
「ええ。もっと緊張すると思っていたのだけれど。肝が据わっているというか、図太いというか」
第一印象からして突拍子のない子だとは思っていたが、初めての大会でこうまで普段通りにできるとは。やはりただものではない。
と思っていたら、数分後。
「めっちゃ緊張してんじゃねーか!」
深緒が珍しく声を上げた。
スクリーン越しに見る灼からは、先までの無邪気さなど全く感じられない。カチンコチンに固まって、ロボットのような動きとぐるぐる迷走する目が面白い。
「おいおいおい大丈夫か灼のやつ。あれでまともにぷよれるのかよ」
おろおろと心配する深緒とは対照的に、出帆は平然と紅茶を飲む。
「まぁ無理でしょうね。だから中堅に持ってきたんだし、その作戦が無駄にならなくて良かったじゃない」
「いや、たしかにそうだけど。相手は見るからに場慣れしてんぞ。何本取れるんだこれ」
「どうかしらね。相手の実力にもよるけれど、まぁ、どんなスコアになろうと大将で勝つから大丈夫よ」
「……あんまり意気込むなよ」
軽い調子で言ったつもりだったが、深緒は少し心配そうに忠告してきた。そんな人間でもないだろうに。
出帆が何も言えないでいると、その間に中堅戦が始まった。
『よろしくお願いします』
2人の声がシンクロする。
深緒が先鋒を務めるこのチームの中堅は、果たしてどんな人なのか。そういう会場の期待は、一戦目が終わる頃には消え去っていた。
「なーんだ。普通の階段積みじゃない」
「積みは結構上手いけど、緊張しすぎ。操作下手だし、凝視も全然ね」
「中盤もする気がないみたいだし、なんでこの人を先に出さなかったのかしら」
散々な評価である。
そんな空気の中、
「……上々の滑り出しだな」
深緒だけは灼のぷよを、安心したようにそう評した。
出帆はうなずき、ほっと息をついた。
「ええ、そうね。置きミスはあったけれどきちんとリカバーしているし、意外と形が安定しているわ。ガチガチに緊張しているしもっと崩れるかと思ったのだけれど」
灼にとって、これが初めての大会だ。どれだけ練習を積んでも、どれだけ自信を持っても、多くの観衆がいる初めての大会は、誰だって緊張するものだ。
緊張をすれば、操作でミスり、手順でミスり、判断をミスる。
今スクリーンの先で戦っている灼は、操作ミスと判断ミスはまだ目につくが、手順はいつも通り、いやむしろ昨日までより上手いと言えるだろう。
しかし。灼はそれから四本連続で取られた。灼の調子は悪くない。単純に、相手が上手い。
と、猛烈な勢いで差が縮まってゆく現状に、母が心配そうに声をかけてきた。
「ねえいずほちゃん。本数って引き継ぐのよね」
「うん」
「あきちゃんよりみおちゃんの方が強いんだから、みおちゃんを後に出したほうがお得じゃない?」
「ああ、それね。単純な話よ。灼ちゃんは紛れもないぷよぷよの天才だけれど、才能ではどうしようもない部分があるの」
「どうしようもない部分……?」
「慣れ、よ」
ああ、と合点がいったように手を打つ。
「初めての大舞台、しかも自分の人生がかかった戦い。ガッチガチに緊張するのも当たり前だもの。それでも、普通の高校が相手なら私と岩浪で逆転して勝てるわ。だけれど、栄高校だけはどうにもならない。あそこだけは、灼ちゃんがまともに戦力として機能する前提で、ようやく同じ土俵に立てる。だから、一回でも多く戦わせて、できる限り慣れさせたいの。この、インハイ予選っていう特殊な空気に」
「なるほどね~。あ、あきちゃん一本とった!」
ようやく一本取った。なるほど予定よりかなり詰められてしまった。まぁ、とはいえ、大丈夫だろう。出帆は、自分の胸に誓う。
自分が勝てば、それが灼の勝利なのだ。自分がするべきは、決勝まで、勝ち続けることだけだ。
出帆は灼を信じて、自分を信じて、スクリーンをじっと見つめた。
灼の苦しげな、悔しそうな表情に、心の中で「頑張れ」と叫んだ。




