17 復帰戦
「そんじゃ、ま、行ってくる」
深緒は立ちあがり、軽く伸びをした。観戦室と対戦室は隣接しているため、基本的に順番を待つ選手は他の観戦者と同じく観戦室で待機し、順番が来たら対戦場へ向かうのだ。
「深緒先輩頑張ってください!」
意気込んで応援する灼に軽く手を振って対戦室へ向かった。
巨大スクリーンには、対戦画面と、対戦者の様子が映し出される。
そこに現れた深緒は、先までと違い、髪を後ろで一つに束ねていた。あれが、深緒のぷよぷよ対戦に臨む時の姿だ。
その姿が映し出された瞬間、にわかに、会場がざわめきだした。
「あれ、もしかしてあれって岩浪深緒!?」
「え、ほんとだ」
「引退したんじゃなかったの?」
「うそ復帰したの?」
方々から、悲鳴と歓声の入り混じった声が聞こえてくる。一年前、ぷよ界の頂上へのぼりかけながら、突如引退した早熟の天才。そんな彼女が、全国への切符を阻む者として現れたのだ。騒ぎになるのも無理はない。
対戦相手も、深緒を認識した途端、その顔が一瞬で青ざめた。
「深緒先輩って本当にすごい人だったんですね」
「……そうね。岩浪は、本当に強かったわ。一年前のぷよ界は、あいつの話題で持ち切りだったもの」
「さすが深緒先輩です!」
と、そうして灼が感動している間に、一回戦、先鋒戦が始まった。
『よろしくお願いします』
とはいえ、所詮一回戦だ。相手の高校もあまり聞きなじみのないところである。深緒は難なく一本目を先取した。
「いずほちゃん、おかあさんよくわかんないから解説して~」
「分からないのになんで見に来たのよ」
「いずほちゃんが解説してくれると思って」
最初から泣きつく予定だったらしい。
まったく、と一つ溜息をついて、出帆は解説を始めた。
「えっとね。お母さん。ぷよぷよって、どういうゲームだと思う?」
「え~~~~~~~~~~っと、ぷよを消すゲーム?」
「そういうことではなくて。んんと、ぷよぷよの対戦って、どうしたら勝ちだと思う?」
「それならわかるわ! 相手より大きな連鎖を打つのよね!」
「50点」
ええ~~~と不満げな様子の母と灼。
「なんで灼ちゃんも不満げなのよ……」
以前同じ説明をしたはずなのだが。
「ぷよぷよは、相手の左から三列目を埋めるゲームよ。極論、一回も消さなくても相手が三列目を埋めてくれればそれで勝ちなの」
「そんなことあるの?」
「ほぼないわ」
「え~、それじゃあ意味ないじゃない」
まぁ、極論はほぼ起こらないから極論なわけで。
「でもね。たとえば私とお母さんが対戦していたとして。私が理論上最大連鎖数である19連鎖を組んでいるとするね? で、あと2、3手くらいで19連鎖を撃てる状態だとするわ」
「そんなのおかあさん絶対負けちゃうじゃない」
「そう。私が19連鎖を撃ったら、お母さんは絶対に負ける。サッカーでいったら1万対0くらいの大差。千回ハットトリックしても話にならない。だから、お母さんは、私にこの19連鎖を撃たせてはいけない」
「でも、あと2、3手で撃っちゃうんでしょ?」
「そう。だから、その前にお母さんが撃てば良い。一連鎖か二連鎖を」
「?」
きょとんと首を傾げる母に、出帆は言葉を重ねる。
「19連鎖なんて組んでいたら、上部ギリギリのギリギリまでぷよを積んでいるわ。三列目だって、あと一つぷよを置いたら死んでしまう状況。そこで、お母さんが一連鎖で一個私にお邪魔ぷよを送る。お邪魔ぷよがどこに降るかは完全にランダムだから、1/6の確率で私は負けてしまう。二連鎖を撃てば6個お邪魔ぷよが降るから、100%私の負け」
「そんな単純な話なの?」
「もちろん、実戦だったら私もそうならないようにいろいろ気を付けるし、そもそも15連鎖くらい組み上げた時点で99%勝ちだから、もう撃っちゃうんだけれどね」
苦笑いを浮かべて言う。そう単純に話が進むのならば、ぷよぷよなんていうゲームはやっていない。複雑で難しいから面白いのだ。
ふぅん、と納得したんだかしていないんだから良くわからない反応を見せる母は、画面を指さして再び首をかしげた。
「じゃあ、みおちゃんや相手の人が二連鎖とか三連鎖をバンバン撃ちあってるのは、頑張ってお互いに三列目を埋めようとしているの?」
話をしている間に、いつの間にかスコアがだいぶ進んでいた。現状、深緒が5本取っているのに対し、相手は未だ1本も取れていない。説明しながら漠然と見ていた印象としては、相手も毎試合食らいついてはいるのだが、深緒のあまりの試合展開の速さにひき殺されているように見えた。
「まぁ、直接的にはそうかな」
「それ以外の目的があるの?」
「そこで登場するのが、さっきお母さんが言ったことよ」
「なんだったかしら。今日の晩御飯のメニューについて悩んでいたような記憶はあるんだけど……」
「あきはハンバーグがいいです!」
「はいわかったわ。今晩はハンバーグね」
さっきまで深緒の試合をキラキラした目で見ていたくせに、何故出帆のツッコミより早く反応できるのか。
「まぁ、ハンバーグはいいとして。岩浪たちが小さな連鎖をチマチマ撃ちあっているのは、相手より大きな連鎖を撃つためなの」
「え~、それなら最初から大きな連鎖を組んだら良いじゃない。わざわざあんな面倒くさい応酬をしないで」
「岩浪はそうね。できる事なら、何もせず大きな連鎖を組みたいと思うわ」
この激しい闘いを、涼しい顔でひょうひょうと繰り広げる深緒。
「でも、それでは相手が困ってしまう」
スクリーンに映し出された、相手の必死の形相を眺める。その苦しさが、辛さが出帆には良く分かる。深緒に散々痛い目を見てきた身としては、彼女の苦しみが他人事とは思えず、思わず心の中で応援してしまいそうになった。
「岩浪は、邪魔が入らんない環境で黙々と連鎖を組むと、毎回平気な顔で15連鎖前後を撃ってくるわ。でも、見た所、相手の人は平均で12連鎖程度。お互いに黙々と連鎖を組む勝負になると、相手の人は絶対に勝てない」
「だから邪魔をするのね」
「そう。相手の人は、まず、小さな連鎖を使って、岩浪に『10連鎖くらいで撃ってください』ってお願いをするの。でも岩浪も10連鎖で撃ったら負けるってわかっているから、撃ちたくない。そこで、岩浪も小さな連鎖を使って、『嫌だね』『お前が先に撃てよ』って言うの。さっきからやってる面倒くさい応酬は、こういう風にお互いにメッセージを送りあっているの」
ぷよぷよは対話。どこかで聞いた言葉を思いだす。あまり深く意識したことはなかったが、なるほどこうして考えてみると、確かに対話だった。
……対話というより、小学生が嫌なものを押し付け合っているだけのような気もするが。
「お互いにメッセージを送りあっているわりに、さっきからみおちゃんばっかり取ってるのね。って、あれ、終わっちゃった」
あららと目を丸くしてスクリーンを眺める。
10-0
一回戦の先鋒戦は、驚くほどあっさりと終局を迎えた。
開始前と変わらない澄ました表情の深緒とは対照的に、相手の選手はガックリと項垂れている。
そんな二人に、会場からは、拍手よりもざわめきが湧きあがった。
「つっよ」
「え、ちょっと待って強すぎない?」
「あんなの勝てるわけないじゃない……」
「でもなんで先鋒にしたのかしら。大将にすれば盤石なのに」
驚きと疑問の声が四方八方から聞こえてくる。
ぷよぷよという運要素の強いゲームにおいて、10本連続で取るのは容易ではない。
加えて、相手も決して弱い先取ではなかった。
だからこそ、深緒の実力の高さがより際立った。
「さすが深緒先輩強いですね!!」
「……本当に、頼りになるわね。私たちの部長は」
無邪気にはしゃぐ灼とは対照的に、出帆は苦々しいものを感じながら評した。
こうして、深緒の復帰戦は、派手に開幕したのだった。




