16 決意
ぷよぷよ漬けの日々はあっという間に過ぎ、大会当日となった。
会場となる県の文化ホールに集まった出帆たち三人は、とりあえず受付へと向かった。
と、その道中。
「あれ『定型の最果て』じゃない?」
「え、あ、ほんとだ。でも栄高校の制服じゃないね。どこの制服だろ」
「ていうか引退したって聞いたんだけど、ひょっとして今日出るのかな」
会場のざわめきの中から、出帆を噂する声が聞こえてきた。
出帆はできるだけその声に反応しないよう俯きながら、小さくため息をついた。
「お師匠さん、やっぱり有名なんですねー」
「いずほちゃんが有名でおかあさんも誇らしいわ~」
「ってなんでお母さんがいるのよ!」
当たり前のように三人にくっついて歩いている母に、出帆は今更ながらツッコミを入れた。
「え~、だっていずほちゃんの晴れ舞台よ? なんだかんだ今まで一度も見に来た事なかったし、どうせなら生でいずほちゃんが戦っているところ見たいじゃない」
「じゃないじゃなくて。高校生にもなって部活の大会に母親が見に来るって、恥ずかしすぎるわよ」
「まぁまぁ、おかあさんのことは引率の先生だと思って」
「思えるかっ!」
これ以上問答を繰り広げたところで、こういうときの母が絶対に引かない人だというのはよく知っている。仕方ないから出帆はいち早く受付を済ませるために歩を進めた。
それからあっさりと受付を済ませると、出帆たちは巨大スクリーンが備え付けられた、数百人が同時に観戦できる、映画館のような観戦室へ向かった。
「あら、出帆ちゃん」
辿りついたところで、なじみ深い人に出くわした。
「……佃先輩」
栄高校ぷよぷよぶ部長、佃通雨だった。
「出帆ちゃん、ぷよぷよやめてなかったのね。よかった」
「ええ、まぁ」
心底嬉しそうに温和な笑みを浮かべる通雨。ああ、やはり聖母だこの人は、と、出帆は少しだけ心臓に苦しみを感じた。
そうして出帆が言葉に窮していると、佃は出帆の後ろ、深緒を見て目を丸くした。
「あら、そちらはひょっとして、岩浪深緒さん? 二年前、一度だけ対戦したことがあるんだけど、わたしのこと覚えているかしら?」
「……どうも。その節は。こっぴどくやられたのを覚えてますよ」
苦いものを噛んだように顔をしかめ、吐き捨てる。
「ふふ。わたしもわたしで、この人と同世代じゃなくてよかったって心底安心したものよ。一年前に引退したって聞いて心配だったけれど、その様子だと今日出てくるのかしら?」
「アタシは佃さんとは当たらないっすけどね」
出帆を見やって言う。
佃は深緒の視線に得心したらしく、もう一度「ふふ」と笑って言った。
「そう。出帆ちゃんに深緒さんが出てくるのね。これは、楽には全国に行けなさそうね。気を引き締めるわ」
それじゃあ、と言って、出帆たちの横をすり抜けてゆく。
反射的に。出帆は声をかけた。
その、憧れの背中に。
「佃先輩。……そもそも、佃先輩たちは全国には行けないです」
佃が、振り返る。
柔和な笑みを浮かべながらも、目を丸くして。
「全国に行くのは、うちです」
出帆は、それが少し嬉しくて。
だから、言葉を重ねた。
「私と、岩浪と、灼ちゃんです」
三人で積み重ねた、この一週間の重みを込めて。
言った。
「……出帆ちゃん。変わったわね」
じっと、出帆を見つめた佃は、やがて先よりさらに嬉しそうに笑んだ。
「出帆ちゃん、トーナメント、見た? わたしたちが当たるのは、最後よ。……今から決勝戦が待ち遠しいわ」
「私もです」
出帆はうなずいて、佃に背を向けた。
あとは、戦いの中でこの言葉を証明するだけだ。
――全国を賭けた戦いが、始まる。




