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「暑いわね」
灼に指示を与え、ぷよらせている間に、出帆は作戦会議のために深緒を連れて一旦部室を出た。
「あー、ムシムシする。部室の中で良くねえか?」
「まぁそれでも良いのだけれど、できるだけ灼ちゃんには重圧をかけたくないじゃない。栄高校の話は、できるだけ聞かせたくないわ」
「ま、たしかにな」
深緒は頭をガリガリと掻いて納得する。
「そんで、栄高校について、とりあえず知ってる情報全部出せ」
なんだかカツアゲみたいね、と思った。まぁ実際、半月前までそこのレギュラーだった出帆からは何が何でも話を聞いておきたいのだろう。特に深緒は、高校に入った時にぷよぷよを辞めてしまったから、その手の情報にはより疎い。対策を立てるには、まず情報収集とその整理だ。
「栄高校は、名門中の名門よ。とにかく勝利のみを追い求める学校で、ぷよぷよの内容にはこだわらない。とにかく強い形を組んで、強い戦術で挑んで、どんなに泥臭くても、ずるくても、敗けるよりはマシっていう考え方。事実、県内ではほかに、肩を並べて語られる学校すらないわ」
「アタシのいた中学みたいな感じか」
「そうね」
中学時代のことを思い返し、少し顔をしかめる。あまり思い出したくはなかった。
「特筆すべきは平均値の高さよ。とにかく部員全員が強い。運動部みたいな厳しい練習や、吹奏楽部みたいな平均値の高さの必然性はないのに。全員強い。だから、ものすごくレギュラー争いが激しく、常にお互い高め合っているわ」
「強いところならどこもそんなモンじゃねーの?」
「どうかしら。とにかく、みんな強いわ。レギュラーが一人抜けても困らない程度には、粒がそろっている」
自虐的に笑んで、言う。
「ちょうどいいじゃねーか。お前をレギュラーから外したことを後悔させてやれば」
「……ツンデレ」
「あぁん?」
キレ気味な深緒から視線を外し、出帆は話を続けた。
「例年平均値が高いのだけれど、そのかわり、スター選手がいないことが多いわ。でも、今年はひとり、圧倒的に格が違う人がいる」
「ああ。佃通雨、か」
「ええ。その、あんまりにも優しい人柄と、あらゆる攻撃を受け止め、全てに的確な答えを返すぷよスタイルから『鬼聖母』と呼ばれる、栄高校ぷよぷよ部の現部長にして、歴代最強のぷよらーよ」
そして、同時に、彼女は、出帆の退部を賭けた戦いで心を完全に折ってきた、因縁の相手でもある。
「つっても、出帆はこないだ50本先取で1本差だったんだろ? しかも一時は49-40まで追い込んだって話だ。なら対策次第では勝てない相手じゃねーだろ?」
「……あのまま、ならね」
「そりゃああっちも練習して強くはなるだろうけど」
「違うのよ。あの人は、調整にものすごく時間をかけるタイプの人なの」
「…………あー」
合点がいった、という風にうなずく。
通雨は、コンディション調整を大体一カ月かけて行う。一カ月かけて、徐々に、徐々に調子を上げてゆく。
出帆は、半月前のあの試合の日に絶好調になる様に調整して臨んだ。
一方通雨は、その半月以上先、インハイ予選の日に絶好調になる様に調整している最中だった。
つまるところ、出帆が己の全てを賭けて戦ったあの日あの試合は、通雨にとって調整の一環でしかなかったのだ。
「あの日の部長……通雨先輩は、全く本調子じゃなかった。全然歯車がかみ合っていなかったわ。とても調子が悪そうで、まぁそれも仕方ないねっていう感じで楽しげにぷよっていた。だから、49-40まで追い込むことが出来た」
今までできる限り思いださないよう、意識して記憶から落としていた映像をよみがえらせる。
そう、あの日、あの時。
極限まで集中し、ギリギリまで精神を追いこんで、胃液を吐いて、そうしてたどり着いた、49本目だった。
「そこから、通雨先輩は、豹変したわ。多分、調整だとしても、敗けるのは嫌だったんだと思う。鬼のように速く、強く、綺麗で隙のない、完璧なぷよを打った。通雨先輩が10本取る間、私は、何もできなかった。あの時の通雨先輩は、まるで、調整を全て完璧に終えた後みたいな強さだったわ」
調整中でも、あれだけ調子が悪くても、追い込まれれば絶好調時と変わらない、完璧なぷよを打てる。その自己コントロール能力に、出帆は戦慄した。
「通雨先輩は、間違いなく大将でくるわ。あとは私の親友のはじちゃんと、古河凍っていう天才ルーキーがレギュラー入りしたらしいわ」
「……そうか。それで、大将は」
「私にやらせて」
出帆は、真剣な表情で言った。
「は? 正気か?」
「ええ。たしかに私は10本連取されたわ。勝てる気が全くしなかったわ。でも、正直に言うと、岩浪。あなたでも勝てないわ。あの人は、単純に、あなたの上位互換なの」
「……アタシが勝たなくてもいいだろ。お前たちが、リードした状態で繋いでくれれば、アタシは先に50本にたどり着いてみせる」
勝てないかもしれない。その可能性をハッキリと認めた上での言葉。出帆は、その覚悟の重さに一瞬頭を垂れそうになり、しかし、言った。
「いいえ。私が戦うわ。これはこだわりじゃない。こだわりを優先して負けるなんて、もうこりごりだもの。だから、違う。これは、あなたより私が大将を務めた方が勝てるという計算をした上での話。絶対に負けられない、敗けたくないからこその、提案よ」
真剣な目で深緒を見つめながら、言う。その声に、言葉に、何一つ偽りでないという意味を持たせて。
「……わかった」
やがて、深緒が折れた。
「ただし。やるからには、絶対に負けるなよ。……灼のぷよを、こんなところで終わらせるわけにはいかねえんだ」
「あなたのぷよもね」
「……お前のもな」




