14 あいちゃんって名前にすれば良かった
月曜。放課後。
ぷよぷよ部へ向かうと、深緒は何も言わず、表情すら変えずにコントローラーを渡してきた。
まるでここに戻ってくることがわかっていたかのようなその仕草がクソむかついた。
クソむかついたけれど、そんなことを言っている場合でもない。
大会まで、あとわずか一週間しかないのだ。
それまでに初心者の灼を多少なりともまともに戦える状態にしなければならない。出帆と深緒も、それまでにブランクを埋めて、灼が奪われるであろうリード分を取り返せるレベルにまで持っていかなければならない。
「そういえば、団体戦って、どういうルールなんですか?」
作戦会議を始めたところで、灼が根本的な質問をしてきた。
「ああ、そうね。まずそこから説明すべきよね」
ぷよ歴2週間弱の灼が知らないのは当然といえば当然だ。
「基本的には県内の出場高校全てでトーナメントよ。リーグ戦や敗者復活枠みたいなのはないわ。で、優勝した一校のみが全国大会に出場できる。一回でも敗けたらそこでおしまい」
「きびしーんですね」
「そうね。それで、肝心の試合の中身だけれど、準決勝までは3人で30本先取よ」
「3人で30本先取……? 1人で30本とっても良いんですか?」
「んーとね。まず、先鋒が10本先取の戦いをする。で、たとえば10-7で決着がついたとするわよね。そしたら両校とも中堅に交替するの。それで、中堅戦はどちらかが20本にたどり着くまで。どちらかが20本にたどり着いた時点で両校とも大将に交替。大将戦で先に30本にたどり着いた高校が勝利ということになるわ」
「なんだかややこしいですね。……って、あれ、それって、大将にちょー強い人を置いたらあと二人初心者でもよくないですか?」
「いいところに気が付いたわね」
察しの良さに思わず舌を巻く。
そう。その通りだ。全国トップクラスの選手ならば、県予選に出てくる程度の選手たちであればほとんどダブルスコア、トリプルスコア以下に抑えることができる。つまり大将に圧倒的に強い人を置けば、極論0-20というスコアからでもひっくり返すことが可能なのだ。
「だから、決勝戦だけは、50本先取で行うわ」
「50本ですか……? でも、それだと3で割り切れないですよね」
「そう。だから、本数が違うのよ。先鋒が25本、中堅が15本、大将が10本。大将だけでひっくり返せる可能性が、かなり低くなったの」
「な、なるほど。これだとどこに強い人を置いたら良いかわからないですね」
「三人とも強かったら悩まなくて済むんだけれどね」
嘆息する。栄高校は平均値が極めて高かったから、何も悩まずに済んだ。なるほどあれはあれで合理的なのかもしれない。
と頭を悩ませていると、先まで黙りこくっていた深緒が口を開いた。
「そうだなぁ。うちには出帆とかいうお荷物がいるからなぁ」
「あら、『アタシたちが全国に行くには、出帆の力が必要不可欠だ』じゃなかったの?」
「ア、アキ~~~~~~~~~~~!!!!」
からかうように声真似をして言うと、深緒は顔を真っ赤にして灼の肩を揺さぶった。
「出帆には言うなってあれほど言っただろ~~~~~~~~~なんで言っちゃうんだよ~~~~~~~~~!!!」
「あわわわわ言うなってお母さんとの約束の方じゃなっかったんですか!? こっちの方は関係ないと思ってました!」
「むしろこっちの方が言っちゃダメだわバカ~~~~~~~~~~~~~~!!!」
ガックンガックンと灼の首が揺れる。いろいろマズイ気がしたので、出帆はとりあえず仲裁に入ることにした。
「まぁまぁツンデレ深緒ちゃん」
「誰がツンデレか! つーかこんなタイミングで初めてアタシを名前で呼ぶな!」
「嬉しい?」
「嬉しくねーよ!」
「あらやだそんなに必死に否定しちゃって。これだからツンデレは」
「だーかーら! ツンデレじゃねーっつってんだろハゲ!」
おかしい。仲裁するために間に入ったら余計にヒートアップした気がする。あとハゲではない。
「まぁいいわ。そんなことより灼ちゃん」
未だ怒れる深緒を放って、出帆は灼に向き直った。
「なんですか?」
「灼ちゃん。あなたは今日から大会まで、定型禁止よ。必ず超不定形を組みなさい」
「え゛」
灼の口からかつてない声が出た。今の声もう一回聞けないかなーと場違いに呑気な事を考えていると、灼がものすごく狼狽しはじめ、身を乗り出してまくしたてた。
「どどどどういうことですか!? はもんですか!? はもんなんですか!? あきはやっぱりお師匠さんの弟子にはなれないんですか!? いやですおねがいします弟子でいさせてくださいなんでもしますから!!」
ん? 今なんでもって……と言いそうになったが、さすがに空気を読んだ。
嘆息。
「落ち着いて。破門になんかしないわ。あなたは立派な私の弟子一号よ」
身を乗り出してくる灼の頭に手をやり、落ち着けるようによしよしとする。
「はもんしないですか?」
「しないしない」
柔らかく笑んで見せる。未だ不安そうな灼の向こうで深緒がやや不機嫌そうにこちらを見てきているが、知ったことではない。
「それじゃあ、どうしてあきは定型を組んじゃダメなんですか?」
「単純な話よ。灼ちゃんは、定型を組むより超不定形を組んだ方が勝てるの。だから、定型は組んじゃ駄目」
「えー、でも灼も定型組みたいです! お師匠さんみたいになりたいです!」
諭すように言うと、しかし灼は不満そうな声を上げた。
……気持ちは、わかる。
好きな形を組みたい。
憧れの人に少しでも近づきたい。
それは、かつての自分が抱いていた感情と同じだ。
出帆はすっと表情を消して、口を開く。
「じゃあ、灼ちゃんは、私みたいに定型にこだわって――」
だからこそ、言わなければならない。
「――絶対に敗けてはいけない戦いに敗け、引退するの?」
自分と同じ後悔をさせないために。
……効果はてきめんだった。
ぐっ、と、灼の息が詰まったのがわかった。
「……ごめんね、今の言い方は、少し、卑怯だった」
目がうるんできている灼に、出帆は軽く頭を下げた。
「でもね。時に、憧れやこだわりを捨ててでも、勝たなければならないことがあるの。自由を手に入れるために、自由を捨てなければならないことがあるの」
かつての自分に聞かせられなかった言葉を、伝える。
灼には、間違えてほしくないから。
「あなたには、自由を得る力がある。才能がある。環境が、ある」
深緒と目があった。
そう。ここには、自分がいる。深緒がいる。
灼は、元全国クラスのぷよらーに挟まれているのだ。これで強くならないわけがない。
自信ではなく、事実として、出帆は言った。
「だから、灼ちゃん。私と深緒は、これから一週間かけて、あなたに勝つ術を与える。全国でも戦える力を、つけてあげる」
「だから、灼ちゃんは、超不定形を完成させて、――人間の頭脳では絶対に理解できない連鎖を組む、ぷよぷよのAIとなりなさい」




