13 ツンツン
ゲームセンターに到着。迷わずカウンターへ足を運ぶと、難しい顔で新聞を眺めていた店主のお姉さんが、出帆を見た瞬間顔をほころばせた。
「あら出帆ちゃん。久しぶりじゃない。どうしてたのよ」
「どうも。ご無沙汰してます。まぁ、いろいろありまして」
「よくわからないけど、今どきのジョシコーセーは大変そうねえ。って、あれ、その子は? 出帆ちゃんの彼女?」
出帆の隣で興味深げに見上げる灼に気付いた店主が尋ねる。
「こんにちは! 芳乃灼といいます! お師匠さんの彼女です! 将来結婚します!」
「そっかー。弟子で彼女で将来のお嫁さんなのね。いいと思うわ。素敵じゃない」
「何が素敵なんですか」
愉しげに適当な事を言う店主に対し、冷静にツッコミを入れる。まったく、何故自分の周囲にはこんなにボケ属性の人が集まってくるのか。面倒くさいことこの上ない。
「それより店長。今日はこの子と連戦するんで、お願いします」
「はいはい。本当はもっと早いうちに予約しておいてくれると助かるんだけどねぇ」
文句を言いながら筐体の方へ向かい、鍵をあける。
「何をしているんですか?」
機械をいじる店主をきょとんと眺める灼が尋ねる。
「普通にやると、一回50円かかっちゃうのよ。でも私たちにはそんなにお金がないでしょう。だから、長い時間プレイする時は時間単位でお金を払うのよ」
「へ~すごいですね! タイムセールスみたいなものですか」
「だいぶ違うわね」
カラオケでいうフリータイムのようなものだ。時間限定で安くなるわけではない。
「はい、準備完了よ」
と、そうして適当に雑談をしていると、店長がバンッと筐体を叩いた。あまりそういうことはしない方が良いのでは、と思ったが、どのみちしわ寄せは店長に行くのだから良いかという結論に至った。
「ありがとうございます。さて、それじゃあ灼ちゃん、始めるわよ」
「はい!」
灼の元気な返事。
それからお互いに筐体を挟んで向かい合う形でぷより始めた。
出帆は思わず舌を巻いた。
上手い。おそらく初めての筐体操作なのだろう。まだ操作のおぼつかない部分が多く、置きミスも多々発生する。しかし、その後のリカバリーがとても良い。間違えて置いてしまったぷよを、まるで意図的に置いたかのように見せる連鎖の組み方をする。
……やはり、この子に定型を組ませるのは惜しいな。
そう思った。いや、逆に、この子ならば定型の新しい可能性を開拓してくれるかもしれない。そうも思った。
どう取っても、この少女のぷよぷよは、わくわくさせてくれる。未来を見せてくれる。
それが、嬉しくて、楽しくて、仕方がない。
出帆は自分の顔がにやけるのに気付きながらも、そのままプレイを続けた。
顔をほぐす時間があったら、少しでもたくさん彼女とぷよぷよをしたいと思ったから。
ぷよぷよをしていてこんなに楽しいと感じるのは、ずいぶん久しぶりの事だった。
そうして一時間ほど延々とぷより続け、少し休憩しようか、と自販機の方へ二人で向かった時。
「やあ、いずちゃん」
向かいから、なじみ深い女子が声をかけてきた。
「はじちゃん!?」
どうしてここに、と目を丸くする。
と、驚く出帆の袖を、灼がくいくいとひっぱる。
「お友達ですか?」
「え、ああ、うん。私が元いた高校の、ぷよぷよ部の、一番仲が良かった人」
「おいおーい、仲たがいしたみたいな言い方やめてくれよー、いっちゃん」
退部して以来一度も会っていなかったし、向こうからの連絡も全て無視をしていたため、あながち間違いでもないと思うのだが。未だに仲良しだとおもってくれているらしい。全く、嬉しい話だ。
「どうも、こんにちは。私は三ツ鳥一。君は……いずちゃんの従妹かな?」
ハジメは少しかがんでにっこりと挨拶をする。なるほど自分は一人っ子だという話はしていたので、従妹だと判断するのは的確だろう。もっとも、顔立ちや雰囲気はまったく似ていないので、普通に考えたら違うような気もするが。
「芳乃灼です。妹です。姉がいつもお世話になっております」
「え、いずちゃん一人っ子じゃなかったの?」
「最近面倒くさい妹ができたのよ」
もう否定するのも面倒くさいし、感覚的にはほぼその通りだったから受け流すことにした。
というか、名字が違う時点で妹ではないとわかるはずなのだが、何故気づかないのか。
「それにしてもいずちゃん、ぷよぷよ続けていたんだ。店長に聞いても知らないっていうし、メール送ってもライン送っても返ってこないから、心配でさ」
「ああ、なんか、ごめんね」
「いやいや、そういうことじゃなくて。ただ単純に、良かったって話。そういえばいずちゃん、今度のインハイ予選は出るの? 栄高校じゃなくても出れるしさ、個人戦なら良いとこいけるでしょ。あたしもいずちゃんと大会で戦いたいし」
「んー……」
そう言われると、非常に困る。今、出帆は結論のでないその話について、あえて目をそらしているところなのだ。
もともと出る気はなかった。
だって、大会に行けば栄高校の人と否応なしに顔を合わせる羽目になってしまうから。それは気まずい。
もっと言えば、自分は引退を決めたのだ。ガチのぷよ対戦からは身を引くと。殺すか殺されるかの身を切るぷよ対戦をやめ、ただ楽しむためのぷよぷよで遊ぶことにしたのだ。それを今更反故にするなど、恥ずかしいことはできない。
そして何より、自分には、もう、立ち上がる力がなかった。賞状を全て破り捨て、トロフィーを叩き壊し、背水の陣で定型の名誉を守る戦いに挑んだ。そして、敗けた。49-40というほぼ勝利確定の状態から、敗北した。足に、心に力が入らなくなった。
だから、ずっと断り続けた。灼のお願いをあしらい続けた。
でも、灼は言った。次の大会で全国大会に出場しなければ、ぷよぷよをやめなければならないと。
深緒は言ったらしい。全国に行くには出帆の力が必要だと。
出帆の足に、心に、力が入る。
でも、まだ、できない。決心が。覚悟が。
今度こそ駄目だったら、もう、本当にダメになってしまう。勇気が、出ない。
「ハジメさーん、どうしたんすかー? って、太田出帆! あんたぷよぷよやめたんじゃねーのかよ!」
拳をぎゅっと握り、言葉を出せずにいると、ハジメの後ろから一人女子がやってきた。
「古河、凍」
「ああそうだよあんたの代わりにレギュラーになった天才ルーキー古河凍様だよ」
チッと舌打ちをして、凍は出帆を睨む。
「あたしが直々に倒してレギュラーの座を奪ってやるつもりだったのに、あんな下手くそなぷよで負けやがって」
「あ?」
その声は、出帆ではない。
灼だ。
凍を睨むその眼光は今までになく鋭く、声には怒気がはっきりと混じる。
「お師匠さんをバカにする人は、誰であろうと許しませんよ」
「あん? なんだ小学生。小学生は家に帰っておとなしく宿題してろ」
「殺す。殺します」
どこから取り出したのかリコーダーを手に取り、ぺちぺちと威嚇する。
「ほぉん、良い性格してんな。でも、ま、あんだけぷよぷよが弱けりゃそういう手段に出るのも仕方ねーわな。さすが太田出帆のツレだ」
「まーまー凍ちゃん。そこまでそこまで」
ハジメはあわてて凍と灼との間に割って入り、なだめる。出帆もそこでハッと我に返り、灼の手からリコーダーを取り上げる。
「ごめんね、いずちゃんに灼ちゃん。こいつかなりプライドが高いからさ。いずちゃんがいなくなった事相当根に持ってるんだ。このお詫びはまた今度するから、それじゃあまたね!」
凍の手を取って、無理やり出口の方へ歩いてゆく。凍は相変わらずこちらを挑発しながら引っ張られていった。
「灼ちゃんも、ほら、威嚇しない。あんなの山ほどいるんだから、気にしていたら保たないわ」
「でも、お師匠さんが……お師匠さんがバカにされるのは許せません! お師匠さんは最強なんです!」
「んー、そっか。ありがとう。……そうね。それじゃあ、私が最強だって、証明しなきゃいけないわね」
出帆は一拍置いて、言った。
「――今度の大会で」
「え、お師匠さん、つまりそれって!」
ぱぁっと明るい笑顔になる。
「ええ。そういうわけだから、これから毎日特訓よ。絶対に勝つんだから」
「はい!」
先んじて走る灼を追いながら、出帆は小さく呟いた。
「ありがとう。勇気をくれて」




