12 金髪ツインテール
結局、二人の間に落ちた気まずい空気が霧散することはなく、灼は寂しげに太田家を後にした。
で、翌日。
「……灼ちゃん、あなた、結構神経図太いわよね」
昼ごろにぴーんぽーんとなったから郵便だろうかと思って出ると、玄関先に灼が立っていた。いっつでじゃびゅ。
「ずーずーしーのとかわいーのがとりえなので」
「本当にずうずうしいわね」
まぁ、昨日と違って表情はやや固いから、これでも昨日の話を気にしてはいるのだろう。
「それで、灼ちゃん、今日は何しに来たの?」
「もちろんぷよぷよです。あとお師匠さんと正式にお付き合いしたいなと思って」
「さようなら」
「あ~ん待ってください~!」
反射的に扉を閉める出帆と、可愛らしい声の割に必死で靴先をねじ込んでくる灼。
母がいたらきっとまた面倒なことになっていただろう。たまたま買い物に出かけていて良かった。
しかし、つまり、早いところ灼を処理してしまわないと、母と出くわしてしまうわけで。
「……灼ちゃん。ゲームセンターに行かない?」
ゲームセンターに行くこと自体はあまり気が進まなかったが、灼と母の相性は良すぎる。この二人をくっつけたくはない。かといってせっかく訪ねてきた灼を玄関先で追い返すのも忍びないし、そもそもそう簡単に追い返されてくれるとも思えない。
多分大丈夫。この辺りのゲームセンターならば、栄高校の連中もいないだろう。なんかフラグが立ったような気もしたが、気にしないことにする。
「ゲームセンターですか? とっても良いですけど、あき、ほとんどお金持ってないのであんまりぷよれないですよ」
「んー、まぁ、そこらへんは私が何とかするわ」
「はぁ、それじゃあ、ぜひ行きましょう」
いまいち納得していないようだったが、それでも灼は出帆の提案を呑んだ。
それから出帆主導で、ぷよぷよの筐体が置いてある最寄のゲームセンターへ。
「それはそうと、灼ちゃん」
「はい?」
その道すがら、出帆は灼に合わせてゆっくりと歩きながら、ふと疑問に思ったことを口にした。
「灼ちゃん家って、結構厳しいんじゃなかったの? 放課後ぷよぷよしたり、土日両方ともうちに来て大丈夫なの?」
「ぜんぜん大丈夫じゃないですよ。今日も、すっごい渋い顔をされました。でも、約束は約束ですから」
「約束……?」
「あっ、しまった深緒先輩に言うなって言われてたのに……」
「岩浪に? ……灼ちゃん。どういう話か聞かせてもらえるかしら」
ニッコリと柔らかい笑みを作って尋ねる。
すると、灼はなぜか表情をひきつらせ、少し距離を置いてふるふると顔を横に振った。
「い、いえ。だめです。深緒先輩からくちどめされてるんです」
「ふぅん。ところで灼ちゃん。アイス食べたくない?」
「あ、アイスなんかには釣られません! まだそんなに暑くないです!」
暑かったら釣られてたのかよ。
「それじゃあ、教えてくれたら、定型を組む時の重要なポイントを伝授してあげよう」
「ん~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」
腕組みをして悩む。いや悩むのかよ。チョロすぎるだろう。
「でしたら、あきの師匠になってください! もっといっぱいぷよぷよを教えてください!」
「ええ……この子自分から条件出してきたわ……」
口止めとは一体なんだったのか。
「あきはずーずーしーのです」
「……まぁ、それがあなたの良いところだものね」
嘆息して言う。
「いいわ。弟子にしてあげる」
「やったー!! はやく、はやくゲームセンター行きましょう! ぷよぷよしましょう!!」
「待って。待ちなさい」
歓喜の踊りと共に走り出した灼の肩をぐいと掴んで、その足を止める。
「それより先に、深緒から口止めされていた話を聞かせて」
「えー。もーお師匠さんはせっかちですねえ」
どっちがよ。突っ込もうかと思ったが、いちいち突っ込んでいては話が進まない。無言で本題を促した。
「わ、わかりましたよぉ……お師匠さん怖いです……」
若干涙目だ。むしろ笑顔を浮かべていたはずなのだけれど、何故怖がられているのだろうか。
「ええとですね、お師匠さんのぷよを見て、それから数日間、あきはお師匠さんに会うためにあのゲームセンターに通い詰めたんです。でもお師匠さんが見つからなくて、お師匠さんの学校の人もいなくて」
栄高校ぷよぷよ部も、普段は部室で家庭用のぷよぷよに興じている。いくら全国常連校だからといって、毎日ゲームセンターに行くほどの金銭的余裕はない。だから、灼が自分や栄高校の人たちと会えなかったのは、至極当然と言えた。
「でも、お師匠さんをあきらめきれなくて、とりあえずぷよぷよを始めればまた会えるかもしれないと思い、ぷよぷよ部へ行きました。そこで、深緒先輩に出会いました」
灼は嬉しそうに顔をほころばせて語る。なんだか、少し面白くない。
「深緒先輩はぷよぷよを教えてくれました。初心者は定型を組むべきだと、階段と鉤の組み方を教えてくれました。それで、深緒先輩が教えてくれた通りに組んでいたら、なぜか、とても驚かれました」
教えてくれた通りに組んでいたら、と平然と言えるあたり、深緒が驚いた理由についても予想がつく。おそらく、ある程度ぷよぷよをやったことのある人ならば、皆深緒に賛同するだろう。
「それで、深緒先輩にずいぶんと熱心にぷよぷよ部への入部を誘われました。でも、あきは勉強やおけいこがいっぱいあります。ぷよぷよ部に入っても全然参加できないのは分かり切っていたので、そう言って断りました」
「岩浪がそれで諦めるとも思えないけれど」
「はい。その通りです。深緒先輩はそこで、あきの家に来て、お母さんと直接話をしました」
「……は?」
なんだか、とんでもない所へ話が飛躍した。いや、たしかに、灼がぷよぷよをできない原因が灼の母親であると考えると、その原因に直接働きかけるのは、極めて正しい判断だ。
とはいえ、ひとりの小学生女子をぷよぷよ部に入れるために、ふつう、わざわざそこまでしないだろう。
……深緒なら、するんだろうな。
というか、改めて考えたら、自分でもしたかもしれない。
あんな、世界を獲りうる才能を見て、放っておけるわけがない。
「深緒先輩は、あきがぷよぷよの天才であることとか、ぷよぷよは将棋や囲碁みたいに将来性があることとか、そういうことを母がうんざりするくらいにずっと語り続けました」
苦笑いを浮かべる灼の脳裏には、きっとその時の母の顔が浮かんでいるのだろう。
「それで、ついに母が、『一か月後のインターハイ予選で全国大会に出場できたら続けても良い』という条件付きで折れました」
「……………………それ、折れたって言わないと思うのだけれど」
譲歩したフリをして、絶対に達成できない条件を出しているだけではないか。
「でも、たしかに、ぷよぷよを続けて良いって言いました。だから、深緒先輩と全国を目指すことに決めたんです」
「………………」
「個人戦か団体戦かという話は条件にはなかったので、団体戦で全国を目指すことにしました。深緒先輩曰く、あきが個人戦で全国に出れるレベルになるには三ヶ月は必要らしいので」
それもまた、ずいぶん大きく出たものだ。もっとも、実際に灼の才能を見た出帆には、その言葉を否定する気もないのだが。
「でも、団体戦は三人いないとそもそも出られないですから、あと一人探す必要がありました。そうして困っていたとき、お師匠さんが転校してきたんです」
「……まぁ、それくらいの時期になるわよねぇ」
「お師匠さんを最初に見つけたのは、深緒先輩でした。とても興奮した様子で、『絶対に出帆を連れてこい。アタシたちが全国に行くには、出帆の力が必要不可欠だ』とあきに言いました」
「………………………………なによ。その、ツンデレ。なんなの、あいつ。あんなに私のことをバカにしていたくせに。なんで、なんで……」
出帆は自分の顔が急激に熱くなるのを感じ、思わず両手で覆った。
恥ずかしい。こっ恥ずかしい。まるで誰かが自分を好きだっていうことを第三者から聞いてしまった時みたいだ。
「…………それで、どうしてその一連の流れを私に隠していたのよ」
出来るだけ照れている事を悟られないよう、ぶっきらぼうに尋ねる。
「お師匠さんは、実力はあるのに重圧に弱くて大切な試合をいくつも落としてきたから、何も知らないまっさらな状況で戦ってほしかったみたいです」
「ああ………………」
もうだめ。恥ずかしい。今まで自分のことを一番馬鹿にしてきた大嫌いなぷよらーが、これほどまで自分のぷよを認めてくれていただなんて。
出帆は、それからしばらく両手を顔から外すことができなかった。




