11 立ち上がる時の力はどこからくるのか
大した内容でもないし、ぷよりながら話しましょう。
出帆はそう提案すると、返事を待たずにぷよぷよを起動した。
灼は少しだけ複雑そうな顔をしながらも、ぷよぷよ自体はしたかったのか、コントローラーを手に出帆との対戦を始めた。
飽きるほど組んできた定型を平常通り積み上げながら、出帆は話し始めた。
「灼ちゃん。ぷよぷよにおいて、最高に気持ち良い瞬間っていつだと思う?」
「んー……ギリギリの勝負に勝った時、ですか?」
「違うわ」
次の一手に悩む灼を尻目に、出帆は最上部まで組み上げた連鎖を発火。
「圧倒的大差で快勝した時よ」
多分、16連鎖。灼のフィールドをちらりと見る。まだ半分ほどしかぷよは埋まっていない。これではどんなに頑張っても太刀打ちできないだろう。
案の定、出帆の連鎖が終わる頃には、灼は敗北を悟って自殺していた。
「逆説的にね。ぷよぷよにおいて一番悔しい瞬間って、『圧倒的大差で』『こっぴどく』敗けた時なのよ」
灼の、楽しげな表情を眺めながら言う。
「ただの敗北でも、その場で叫び転げたいくらいに、耐えがたい苦痛なの。だって、敗北は、それまで全てをぷよぷよに費やしてきた自分の、人生の否定だから」
勝っても負けても心底楽しそうにぷよる灼。羨ましいな、と、出帆は少し嫉妬した。自分にもそういう頃はあった。たしかにあった。
「その上『自分の持ち味を全然発揮できなかった』『自分の持ち味は出せたのに全てにおいて上回られた』『途中までリードしていたのに逆転負けを喫した』『序盤に大差をつけられ、そのスコアが最後まで響いた』。こういう負け方をしたら、それはもう、叫び転げる程度では到底収まらないほどに、悔しいわ」
でも、勝った負けたの世界に、浸りすぎた。
今は、下手なぷよを打てば死にたくなり、上手いぷよを打てたらそんな自分に少し安心をする。
自分にとってぷよぷよとは、そういう存在になってしまった。
「――それこそ、何か大切なものを叩き壊してしまいたいくらいに。悔しいのよ」
「……お師匠さん、それって、つまり……」
灼のフィールドはもう滅茶苦茶だ。昨日あれだけ良かった手順が、今は初心者に逆戻りしてしまっている。
やはりこの話題は、ぷよりながらするには向かなかったか。少し反省した。むしろぷよぷよに集中して、この話は聞き流してもらいたかったのだけれど。
「ええ。そうよ。私は、こっぴどい負けを重ねるたびに、賞状を破り捨て、トロフィーを叩き壊してきたの」
そうやって涙を乾かし、再び立ちあがるための力を得て来た。
「でも、この前、灼ちゃんが見ていた試合。絶対に負けられない試合だったの。退部を賭けた戦いだったし、何より、定型を賭けた戦いだったから」
「定型を賭けた、ですか?」
もはや、灼は画面を見ていない。ぷよぷよも自由落下しているが、そんなことは気にならないようで、出帆の次の言葉をじっと待っている。
しまったな。ここまで語るつもりはなかったのだけれど。つい、流れで口が滑ってしまった。
……いや、本当は、誰かに聞いてほしかったのかもしれない。
部を辞めて、栄高校から消えて、ぷよぷよにも触れなくなって。母も珍しく気を遣ったのか何も訊いてこないし、深緒も興味なさ気だった。だから、話す機会がなかった。
ちょうど、良い機会かもしれない。
「私の元いた栄高校のぷよぷよ部はね。いわゆる名門校なの。部員も50人くらいいて、毎年のように全国大会に出場している、愛知県で最強の高校。そのせいか分からないけれど、とにかく勝つことが第一目的で、それが顧問と部員の共通認識だったわ」
「なんだか、息苦しそうですね」
「そう。息苦しかった。勝てば英雄、負ければゴミ以下。そんな場所。もちろんみんな勝つことに必死だから、とてもレベルは高かったわ。だけど、全然楽しくなさそう」
目を伏せて語る。
「でもね。それだけならべつに良かった。私も、負けるのは死ぬほど嫌いだし、強くなれるならそれでも良いと思ったの。問題は、顧問の先生。勝つための最短距離を走ろうとする人でね、それを、私たちレギュラー組にも要求してきたの」
「何を要求してきたんですか?」
「形、よ」
出帆は忌々しげに吐き捨てる。
「最も勝ちやすい、強い形を組めって言うのよ。――ようは、定型を捨てろって言われたの」
今思い返しても、腸の煮えくり返る思いだ。思わず舌打ちをしそうになって、灼の隣だと気づいて止める。
「キレて、定型は捨てませんって言ったら、私の退部か定型かを賭けて部長と闘うことになったの。それで、その勝負に敗けて、でもその頃には賞状やトロフィーが一つも残っていなくて。再び立ち上がる力が、残ってなかったの。だから、引退したわ」
怒りか、悔しさか、悲しみか。様々な感情がごっちゃになって、それをそのまま吐露した。
「情けない話よね。『定型の最果て』なんて呼ばれているくせに。定型の名誉を、守ることができなかった。定型は、もっとやれるのに。私が弱いだけなのに、定型が弱いっていう言葉を覆せなかった。悔しい……。悔しいわ……」
涙が出そうになって、でも灼の手前泣くわけにはいかなくて、ぐっと拳を握りしめて耐えた。
灼は、何も言わなかった。




