10 心の広さは心の距離感に反比例する
ニコニコと無邪気な笑みを浮かべて立つ灼へ、出帆は正直な感想を述べた。
「……あなた、なんかもうストーカーみたいよね」
「いえ、ただの一番弟子です」
へこたれないなこいつ。
「本人の了承なしに弟子を名乗らないでくれないかしら。それで、どうしてうちに?」
「是非お師匠さんとぷよりたいと思いまして」
「深緒は?」
「お師匠さんの家の場所を教えてくれました」
深緒は何をしたのか、という意味ではなくって。
まぁ、とはいえ、「私とではなくて深緒とぷよれば良いじゃない」と言ったところで「お師匠さんがいいんです」と返されるのは考えるまでもなくわかる。
どうしようか。
追い返そうかと思ったが、これだけキラキラした目を向けられては断りづらい。仕方ない。
なんだか昨日も似たようなことがあったなぁと思ったけれど、気にしないことにした。
「あらー出帆ちゃん、お友達?」
リビングへ通すと、母の嬉しそうな声が迎え入れた。
「おじゃまします。芳乃灼です。出帆さんとは結婚を前提にお付き合いさせていただいています」
「弟子じゃなかったのか」
「あらあら。いずほちゃんも隅に置けないわね。こんなに可愛い彼女を作ってるだなんて」
ニヤニヤしながらちらちらとこちらをうかがってくる。ええいやめなさい。
「あきちゃん、お昼ごはんは食べた?」
「出帆さんをいただこうかと」
「あらもうラブラブカップルじゃない。羨ましいわぁ」
「えへへ~照れます~」
くねくねする灼へ、出帆はじとーっと冷たい目を向ける。
「灼ちゃん次変なこと言ったら追い出すわよ」
「あれ、出帆さん意外と冷静ですね。もっと激しくツッコんで来ると思ったんですけれど。あの夜みたいに」
「どの夜よ」
はぁ、とため息をつく。
「お母さんも乗らなくていいから」
「はいはい。それじゃあ後は若いお二人さんに任せて、お母さんは晩ごはんの仕込みでもするとしますかね。今夜はお赤飯が良いかしら」
晩ごはんの仕込みなどしたこともないだろうに、何をぬけぬけと言うか。
「もー、おかーさん。そういうのいいから。勘違いしないで」
その手の話題が苦手な出帆としては、平静を装うので精いっぱいだ。脱力しているフリをしながら灼を案内する。
とはいえ、出帆の部屋にはテレビがない。本当ならば自室に連れ込んで母との交流を断ちたかったが、ぷよぷよをしにきたのならば仕方ない。居間に案内した。
「お師匠さん。お師匠さんの部屋を見てみたいです」
「何もないわよ。テレビもないから、ぷよぷよもここじゃないとできないし」
「賞状とかトロフィーとか見たいです」
「ああ」
なるほど、そうくるか。自分を好いてくれる人の心理としては、当然だろう。得心がいった。同時に、少し申し訳なくなった。
「ごめんね、もう、一つも残ってないわ」
え、と目を丸くする灼に構わず、出帆は言った。
「全部壊して捨てちゃったのよ」
「ど、どうして捨てちゃったんですか! もったいない!」
「まぁ、いろいろあるのよ」
あはは、と苦笑交じりに、灼の抗議をなだめる。
この件について、あまり話したくはなかった。
あんまりにも情けない話だから。
と、そうして答えを渋っていると、
「お母様ー!」
灼が突然台所へ向かって叫んだ。
「お母様ー! 出帆さんの事でお尋ねしたいことがあるのですが、よろしいでしょうかー!」
えらい流暢な丁寧語を話し始めたぞこの小学生。
いやそれは今どうでも良い。
とにかくこの小学生を止めなければ。と思っている間にあっさりと母が登場してしまった。
「はいはい。どうしたのあきちゃん。いずほちゃんの一番恥ずかしいほくろの位置から一番恥ずかしい小学生時代の思い出まで、なんでも教えてあげるわよ」
「範囲せまっ!」
辱めることに関して限定すればかなり範囲が広い気もしたが。ほくろの位置なんて自分でも把握していないというのに。
「それでは、出帆さんが今されて一番恥ずかしがりそうな事を教えて頂いてもよろしいですか?」
「もちろんいいわよ~。それはねぇ……ぐふ、ぐふふ」
「このやりとりが一番恥ずかしいわよ! おかーさん、いいからあっち行ってて!」
出帆はもう我慢ならんと立ちあがり、母の背を両手で押して居間から追い出した。
母の「あぁんいずほちゃんは心が狭いわねぇ。あきちゃんまた後でね~」というセリフの途中で扉を占めると、一つため息をついた。
「もう、分かったわよ。教えるわよ」
灼に向き直って、あきらめたように言う。
「一番恥ずかしいほくろの場所をですか?」
「賞状やトロフィーを全て壊して捨てた理由よ!」
「ああ、そういえばそんな話でしたね。すっかり忘れてました」
「……なんだか、話す気が完全に失せたのだけれど」
「お師匠さんは心がせまいですねー」
「私の心が狭くなる対象はあなたと岩浪だけよ」
調子狂うわね、と頭をガリガリ掻いて、出帆は切り出した。
「理由といっても、大したものではないわ。本当に、大したことのない、多分灼ちゃんにも岩浪にも、それこそ私自身にも理解できない、頭の悪い理由」
「?」
頭の上に疑問符を浮かべる灼。そんな前置きより早く本題を聞かせろと、きょとんとした顔が言っているように見えた。
予防線を張る癖はなかなか治らないな、と自嘲しながら、出帆はようやく本題に入った。
「単純な話よ。私は、負けた数だけ賞状やトロフィーを壊してきたの」




