9 過信
翌日。土曜日。
雨が降っているから、というわけではないが、出帆は適当に朝ごはんを済ませると、そのまま居間のテレビの前に陣取り、ずいぶんと久しぶりにぷよぷよを起動した。
超不定形。それを支える、超人的な空間把握能力と、AIじみた段差計算能力。
脳内に、ずっと、灼のぷよが降り続けているのだ。
師匠になることを断り、仲間として共に戦うことすら拒絶したというのに。
未だに、灼のぷよに、惹かれてやまない。
灼のぷよを、自分でも組んでみたくて。挑戦してみようと、決意した。
で、とりあえず三時間くらいやってみた結果。
「やっぱり、無理よねぇ……。どうあがいても、あんな形は思いつかないわ」
ひたすら一人で組み続けるモードを選んで、灼みたいな荒唐無稽な連鎖を組んでみようと挑戦してみたのだが、何度挑戦しても平凡な形になるか、そもそも連鎖が組みあがらない。
全く、あんな形がぽんぽん組めるだなんて、どんな頭をしているのか。
悔しさや嫉妬といった感情を通り越して、なんだか笑えてきた。
と、そうして笑っていると。
「いずほちゃーん。おひるごはんよぉ」
母のやけに上機嫌な声に呼ばれた。
「はーい」
ぷよぷよを中断し、リビングへ。そこで、目を丸くした。
「え、なにこれ。今日何かの記念日だった?」
唐揚げ、卵焼き、鯖の味噌煮、酢豚、ポテトサラダ、その他もろもろ和洋中関係なくテーブルに並んでいる。しかも惣菜や冷凍食品ではない。全部手料理だ。
普段からわりと手の込んだ料理をする人ではあったが、今日はその比ではない。ラインナップの統一感の無さまで含めて、異常だ。
「ううん、そういうわけじゃないのよ。ただ、いずほちゃんがまたぷよぷよを始めたのが嬉しくって。つい作りすぎちゃった」
てへ、とドジっ娘のように首を傾げてみせるが、30代後半である。でも見た目若々しいから似合っている。
「……そう」
ぷよぷよを再開したつもりはない。ただ、気まぐれに触れただけだ。多分明日からはまた、ぷよぷよとは無縁な、平凡で退屈な日々が再開される。
とはいえ、それをわざわざ言う気にもならなかった。
母は基本的に気分屋で、落ち込むとすぐにそれが言葉や態度に表れるのだ。喜んでいるのならば、無駄に落ち込ませることもない。
そう結論づけ、食卓に着いた。
「いただきます」
両手を合わせてから食べ始める。いつも通り美味しい。
それはそうと、子供がゲームをやって喜ぶ母親というのは、どうなのだろう。
思い返してみると、初めてぷよぷよを触ってから10年間、どれだけぷよぷよに浸かろうと、怒られることは一度もなかった。宿題を放置してぷよぷよに興じたり、朝まで徹夜でぷよぷよをしたり、ぷよぷよをするためにあちらこちらのゲームセンターへ出向いたり。出帆のこの10年は、何よりもまずぷよぷよが一番だった。
それを両親に咎められたことは、一度もない。
我が親ながら教育方針に疑問が浮かぶ。
「お母さんはさ。私がぷよぷよをすると、嬉しいの?」
ごくんと唐揚げを飲みこんで、尋ねる。
母はその脈絡のない質問に一瞬目を丸くしたものの、すぐにニコリと笑ってうなずいた。
「うん。嬉しいわ。ぷよぷよしているときが、出帆ちゃんが一番楽しそうなんだもの」
「でも、ぷよぷよばっかりしてて将来とか心配じゃない? 勉強しろ、とか言わないの?」
「うーん、本当は言ったほうが良いのかもしれないけれど、でもいずほちゃん、勉強しろってガミガミ言われるの嫌でしょう?」
「もちろん嫌だけれど……」
なんだろう。基本的に母の考えは世間一般からずれているから、普段から話はかみ合わないのだけれど。
今日はそれが、一段と酷い気がする。
「自分の子供のことなんだから、もっと長い目で見て教育した方が良いんじゃない?」
「んー。まぁ、なんとかなるわよ。きっと。だって、いずほちゃんだもの」
「えええ……」
「いずほちゃんはそういうところ、まじめすぎるのよねー」
なんか根拠のない信頼を見せられた後に駄目だしされた。なんなんだ。
とはいえ、母の妙に自信ありげな表情を見ていると、案外とそういう物なのかもしれない、と思えてきた。
なんだかんだ、こんな適当な教育方針の下で、そこそこまともな人間に成長したわけだし。……まともな人間に成長したという自信はないのだが、まぁ、そんな変な育ち方もしてはいないだろう。
『案ずるより産むがやすし』ということわざもある。きちんと最高に育ててあげられると確信して子供を産む人などいないだろうし、そういう人はかえって信用ならない気もする。子育てと一緒にはならないが、そういう意味では灼を弟子に取ることもやぶさかではなかったのかもしれないな、と思った。
と、そうしていると。
『ぴーんぽーん』
来客のようだ。土曜日の昼間に誰だろう。玄関を開ける。
灼だった。




