▶『理性との闘い』◀
遅くなった
・・・体がだるい。それにどこか視界がぼんやりとしている。
可愛い女の子を抱きしめた状態でありながらなんというか…やましい感情は微塵も湧いてこなかった。
普通なら理性をぶっ飛ばしてもおかしくない。というか寝れてない。眠い。
だがこのだるさは睡眠不足からくるものではないだろう。
無論睡眠不足も混ざってはいるのだろうが恐らくこれは…
(風邪うつしやがったなこいつ…。まぁ抱きしめたまま一晩過ごしたらそりゃこうなるわな。迂闊だったぜちくしょう。)
まぁ嘆いても仕方がない。んで…今何時だ?
ごそごそとポケットからスマホを取り出して時間を確認する。・・・七時か。
んじゃそろそろこいつも起きる時間帯のはず。
「うぅん・・・。あれ・・・おはようそーま、今日は一段と距離が近い朝だね。」
少し照れたようにはにかみながら俺の腕の中でにこっと笑う利理はすごく魅力的で。
しかし可愛さに定評のある利理と言えど、病を弾き飛ばすことはできないらしい。無念。
「あぁ…すごい可愛い笑顔を送ってくれてるところ申し訳ないんだが、悲報がある。風邪うつったっぽいわ。」
「え、ええええ!?ごめんねそーま!昨日私があんな事しなければ…。」
申し訳なさそうに俺の腕の中でうつむく利理。別にお前だけのせいではないのだが。
俺も抵抗せず一緒にベッドに入ったわけだし同罪だ。大人しく寝かせてくれれば明日には治るだろ。
そこで利理が何かを思いついたように「そうだ!」と声を上げる。
なんだか嫌な予感がするのは私だけですかねマイゴッド!?
「私がお返しに今日看病してあげるよ!昨日寝てる間に色々してくれたみたいだし。」
ほら来た利理のいいところであり悪い所。
その一つ、俺に対して恩を返そうと必死になり異常なまでに過保護になる。
今は恩を返そうと必死になってるところだな。多分こっから全部俺の代わりにやってくれそうな気がする。
まぁいいか。本人がそう言ってるんだし。何より可愛い女の子に看病されるというのは悪い気分ではない。
可愛い女の子って言うことじゃなく利理だから安心できるといった方がニュアンスとしては正しいかな…?
「そうと決まれば朝ごはんだね!私下で何か作ってくる!」
そう言って飛び出すようにベッドから出てそのまま下の階へと降りてしまった。
まずいまずいまずい…。冷や汗が一筋垂れる。
あいつは家事、気配り、ビジュアルと完璧だが家事の中で唯一料理だけは本当にやらせたらだめだ。
どれくらいやばいかというと俺が過去に毒殺されそうになったぐらいと言えばわかりやすいだろうか。
まぁとにかくやばい。だがいくら不味いと分かっていても利理が俺のために作ってくれた料理なので何とか食べている。
二人で家事をやるときは基本的に俺が料理担当だ。いい加減料理を教えてやろうかな。幸い料理は苦手ではない。何とかなるだろう。
心の準備をしておかなければ。あいつのことだから形容しがたいものが出てきそうだ。遺書でも書いておこうか。
一人部屋で覚悟を決めながら待機しているとドアの向こうからお盆に乗せた簡単な朝食を持った利理が現れた。
味噌汁、白米、漬物に納豆。これはワンチャンあるか?事故原因は味噌汁くらいしかない。
「お待たせそーま。食べられなかったら無理しなくていいからね?」
心配そうにこちらを気遣う利理だが…その発言は逆効果だ。この状況で食べ残すなど並大抵の男にできる事では到底無い。
据え膳食わぬは男の恥と言う言葉はおそらく今この瞬間のためにあるのだろうと錯覚を覚えてしまうほどだ。
というかこいつがそんなこと言ってくるなんて珍しいなオイ。
ベッドからゆっくりと出て小さなテーブルの上に置かれた朝食とにらみ合う。一見してどこも異常がないように思えるが…油断は禁物である。
最初は地雷とは思われない納豆と白米から。普通にうまい。流石にこの短時間で作ったものではないと思うからこれは管理人のあの子が作ったものか…?
そんでもって鬼門の味噌汁。恐らくこれが利理の作品だ。すー、はー。一呼吸おいて味噌汁を飲む。
・・・!?!?!?美味い!?利理の料理が美味い!?Why!?
混乱しすぎて脳内が焼き切れそうだ。いつの間にこんなに成長したんだこいつ。ありえない。
「ふふふ・・・びっくりした?美味しいでしょ、私のお味噌汁。」
こくこくと驚きを交えつつ頷く。何があったんだこいつに。
「いやさあ…私も前々から思ってたんだけど私って料理下手じゃない…?
味見してあんまりおいしくなかったかもしれなかったけどそれでもなんとかそーまが食べてくれてさ。
私うれしかったんだけどそれと同時になんだか悪い気分になっちゃって。無理させてるような気がしてさ。」
知らなかった。あの利理がここまで思いつめることがあるなんて。隠し通してきたつもりだったが…利理には敵わないな。
というか隠し通すこと自体が料理を作った利理に対してある種の失礼に値したのかもしれない。
「だから私、練習したんだよ?お料理。そーまが美味しいって言ってくれるレベルに届くまで隠してきたんだよ。
ふふ、嬉しかったよ私。お味噌汁すごく美味しそうに飲んでくれるからさ。」
無意識だった。気が付いたときには言うことを聞かない身体を強引に動かして利理を抱きしめていた。
言葉は無い。俺の気持ちはもうこれで十分だ。
その証拠に戸惑いながらもゆっくりと、だがしっかりと利理は抱きしめ返してくれたのだった。
――どれくらいの時間だっただろうか。
もうすっかり朝食は冷めているのにもかかわらず、俺達はただ、無言で抱きしめ合っていた。
お互いが落ち着くまで。もうずっとこのままでいいとさえ思った。
だがその沈黙はある人物によって破られることなった。
「おーい、爽真君、利理ー。起きてるか?入るぞ。」
(オイオイオイ!?洒落になんねえぞこの状況。これ見られたらなんて思われるか分かったもんじゃねえ!)
焦燥に駆られ、慌ててこの状況を解除しようと試みるが長い間そのままだったためすぐに体が動かない。
扉が開くまで三秒。
腕が動きを取り戻し、解除を始める。
扉が開くまで二秒。
腕が離れ、抱きしめた状態は解除される。
扉が開くまで一秒。
唐突に体のだるさに襲われ、ふらっとよろめいてベッドに倒れそうになった俺を支えようとして利理がバランスを崩し同じようにベッドに倒れ込む。
そして扉が開かれたその瞬間。
俺は利理に押し倒されるような形でベッドに倒れているのをおじさんに目撃されてしまった。
「…その分だと風邪は心配なさそうだな。あと爽真君。」
静かな声音で名前を呼ばれ反射的に身構える。まずい、どんなこと言われても言い訳できないぞ。
「押し倒すのは男の役目だろうがッ!?」
「怒るのそこですかッ!?」
忘れていた。おじさんは…正真正銘、頭に超が三つつくくらいの変態だって事を。
「いいか爽真君・・・襲う側の役割とは男が担うべきであってだな…」
いかん。そろそろ睡魔が全力で殺しにかかってきてるぞ。
何故か俺は病人だというのに正座させられて説教されていた。
睡魔に耐えかねた俺が死人のような顔をしているのを見かねたのか利理が、
「あ、あの…お父さん?そーま風邪ひいてるから寝かせておいた方がいいんじゃないかな?
あと私別にその・・・やらしいことしようとしたわけじゃ…ないんだけど。」
アイコンタクトで利理に感謝を伝える。また借りが増えちまったぞくそ。
そういや俺が風邪ひいたってまだおじさんは知らないのか。
そりゃこんな仕打ちするわな。つかその変態脳をどうにかするべきだと思うんですがそれは。
「そうだったのかい…?すまなかったね爽真君。利理のがうつったと考えて間違いないだろうが…。
部屋は別にするべきだったかな?昨日の宴会はもう終わったからもう今日からは別の部屋にしてもいいんだよ?」
ほぉ。それはまぁありがたくもあり寂しくもあり、って感じだな。
確かに風邪がある以上あんまり同じ空間にいるのはよろしくない。
まぁもとが利理なので免疫はあると思うのであんまり気にしなくてもいいとしてだ。
このままじゃ俺達が夏休み期間中に大人の階段を上ることがないと言えなくもない。何しろ昔から仲のいい女の子と一つ屋根の下どころか同じベッドで寝てる上に
そいつが昔から見てる俺ですら相当に魅力的に感じるほどのスペックの持ち主、そしてやたら俺にべったりくっついてくる・・・と。
これじゃ何がトリガーになって理性が引きちぎれるか分かったものじゃない。
直前でそのことを考える余裕なんて絶対ないだろうし運よく考えられたとしてもおじさんが責任取ればそれでいい、と言っている以上思考を放棄する可能性は否定できない。
というかおじさんも利理も俺と利理がくっつくと思って疑っていないような気がしてならない。
俺としては…まぁここまで気を許せる相手と言うのも利理だけでありこの先もいないと思ってはいる。
だが少し結論を急ぎ過ぎではないかと思う。まだ俺の人生は二十年も経っていない。熱があると何故か冷静になれる。何故だろうか。
余計な事を考えなくてもよいというのが一番の理由ではないだろうか。俺の癖として余計なことまで計算に含めてしまうことが多々ある。
ただなぁ。先ほども言った通り利理はかなりの精神的負担を取り除いてくれる。利理といるだけで他のことは考えなくて済むぐらいに。
そのため風邪をひいている今なら尚更だが、記憶からすっぽりと抜け落ちているこの里のことでは非常に頼れる存在となるだろう。
無論頼れるのは今回に限ったことではないが。それ以上に俺のことをいつも自分のことのように考えてくれるからありがたい。
結論としては…
「いえ・・・今のところは部屋はこのままで大丈夫です。問題がないと言えば嘘になりますが…。」
これに尽きる。心配事はあるにはあるが俺はなんとかなるだろうと考えておく。いつも確実に行き過ぎるのだが夏休みの間くらいは楽観的思考で暮らしてみたい。
この反応は予想外だったようで目をぱちくりさせる利理。
「私を選んでくれたんだね!」
「何を言っているんだお前は。」
べしっ。手刀を軽く利理の額に叩き込むとすっかり冷えてしまった朝食と対面する。
おじさんも若干戸惑うような顔をしていたが数秒後にはそうか、と苦笑を俺に送ってからドアを閉めて立ち去った。
せっかく気を使ってもらったのに少し申し訳ないような気がする。
まぁ問題が起こったら部屋を分けてもらえればいいだけさ。深く考えるな。
余計な考えを払拭するために冷えてしまった味噌汁を口にする。
「あ、片付けてくるよ…。冷めちゃったから美味しくないでしょ?」
口に含んだ味噌汁を飲み込み同じく冷えた白米、納豆を食べる。
ゆっくりと咀嚼してごくんと喉を鳴らしながら飲み込んで利理に言う。
「んあ?いやいや普通に美味いよ。毎日食べたいくらいだ。」
純粋な感想を言ったまでだったのだが。何故かその言葉を聞いた瞬間ぼんっ、と音がしてもおかしくないような勢いで利理は顔を真っ赤にする。
何かおかしなことを言っただろうか。確かに褒めるようなニュアンスは含んでいたがここまで赤くなるほどのことは言った覚えがない。
「毎日・・・それって…」
何事か顔を真っ赤にして呟く利理にすべて食べ終えた皿をまとめて
「ごちそうさま。俺のために美味しい料理をありがとな。」
「う、うん!どういたしまして!そーまは寝てて。風邪ひいてるんでしょ?」
「んー。まぁな。朝食食べて英気を養ったとは言えまだ気怠さは残ってるからな。でも夜には動けるようになると思うぞ。
動けるようになったらお返しになんか作ってやるよ。」
「やった!そーまのご飯美味しいから楽しみ!そのためにも今は休んでもらわなきゃ。おやすみなさい。」
「おう。おやすみ。」
そう言ってベッドの中にもぐりこんで瞳を閉じる。
それと同時に利理が俺が食べた後の食器を持って下に降りていく音が聞こえる。
そうしてゆっくりと俺の意識は再び夢の世界へと誘われるのだった。
「ふぁぁ・・・。」
大きなあくびをしながら思いっきり伸びをする。
恐らくもう熱は下がった頃合いだろう。激しい動きさえしなければ問題ないだろう。
頭の痛みもふらつきも気怠さもない。
自分の体に異常がない事を確認して、スマホを取り出し、時間を確認する。
五時・・・かぁ。結構寝たなぁ。
十時くらいに寝たからもう七時間も寝てるのか。これだけ寝れば最悪夜も眠れなくても問題ない。
「あ、そーま。おはよ。もう大丈夫?」
テーブルに座って本を読んでいた利理が栞を挟みながらこちらを向いて話しかけてくる。
「うん。おかげさまでもう大丈夫だ。さんきゅーな。約束通りなんかある材料で作ってみたいんだが…朝ごはんはどこで材料手に入れたんだ?」
えーと…と頭を抱え込む仕草をしながら思い出そうとしている利理は少し微笑ましい。小動物のような可愛らしさがあるからだろうか。
しばらく考えた後、何かを思い出したかのように言った。
「そうだ!管理人さん居たじゃない?あの赤い髪の女の子。」
赤い髪の女の子・・・?あぁあの入り口で俺と二言三言会話したあの子か。
「うん居たな。あの子がどうしたんだ?」
「あの子から材料分けてもらったの。そう言えばあの子そーまについて詳しかったけど…知り合い?」
(俺のことを知っている…?それも利理が詳しいというレベルだと?気になるなそれ。相手が俺について詳しいのに俺が見覚えないというのはおかしいような気がしてならない。)
「いや…俺の記憶の中にはその女の子は含まれていないぞ。そもそも初対面のはずだが。小さいころに会っていたのかもしれんが。
とにかくその子から材料分けてもらえばいいんだよな?」
「そうなるかな。あ、私もお手伝いするよ。そーまだけじゃさすがに大変でしょ?」
ありがたい申し出だな。少し頼もうかとおもっていたが作るといった手前手伝いを要求するのもあれだと思っていたが…。
本人から申し出てくれると気兼ねなしにお願いできる。正直病み上がりの体には同時に複数の工程を進めるのは難しいからな。
「そんじゃお願いしようかな。正直なところ一人だと大変そうな気がしてたんだ。」
そう言って二人並んで部屋から出る。階段は相変わらず急な気がしたけど初めてきた時ほど急ではないような気がした。
あの時は少し焦っていたような気がするから恐らくそのせいだろう。
「厨房はこっちだよ。」
利理が案内してくれるので大人しくそれについていく。
奥の部屋の戸を開けるとそこは銀色の四角形の調理台が目を引く、大きな厨房だった。
そこにはシンクにたまった沢山の皿を洗う一人の赤い髪の少女がいた。
「あ、おはよう爽真にぃ。」
不意にぐらっと視界が揺れるような気がして調理台に掴まる。なんだ今の。どこかで聞いたような…。
やっぱりだめだ。最近よくこんなことがあるのだが思い出せない。喉元まで出かかっているのに出てこないもどかしさが頭をよぎる。
だが目の前の少女は面食らったような顔をして
「あれ…やっぱ爽真にぃ覚えてないんだ。まぁ昔のことだから忘れてても仕方ないか。昔から爽真にぃは記憶が曖昧だったしね。」
この喋り方なんだか初めて会った時と違うような気がする。いや気のせいか。
「あぁ…わりぃがそうみたいだ。名前聞いてもいいか?」
申し訳ないような気分で胸がいっぱいになる。この話し方からしてこの子は昔から仲の良かった子なのだろう。
利理が俺について来ず、そのまま里に残っていたらこんな感じになっていたんだろうな。
「しょうがないなぁ爽真にぃは。私は霧島響だよ。響って呼んでくれていいよ。
昔はひーちゃんって呼んでたんだよ爽真にぃ。覚えてない?」
くすくすと口元を隠して笑う響はなんだか妹のようであり、同時に姉のような感じもするのだった。
向こうがタメ口なのだからこちらもタメ口でいいんだよな?
「あ、そそ。響?俺なんか料理作りたいって思ってるんだけどなんか材料余ってたら分けてくれないかな?」
「ん?材料?あぁそういうことならいいよ。分けてあげる。でもなぁ…ただで貸すってのもなぁ。
そうだ!私とお風呂入ってくれるなら考えてあげる。」
・・・!?何を言っているんだこの子は。利理かお前は。すると今まで黙っていた利理が反抗する。
「だめだよ!そーまは私とすでに約束してるんだよ!だからだめ!」
その言葉を聞くとむむむ…と口をへの字にして黙り込む響。少し考えて何か名案を思い付いたと言わんばかりに手を叩いた。
「じゃあ三人で一緒に入るってのはどうかな?利理ねぇもそれで納得してくれないかな?」
「…しょうがないなぁ。ひーちゃんがそういうなら私はいいよ。久々に一緒にお風呂入ってみたかったし。
いろんなとこの成長も見たいしねぇ…うひひ」
「お前笑い方気持ち悪いな…。なんだようひひって。ってかもしかしてはいらないといけない感じ?」
背筋を凍らせながら問いかける。このまま連行されるのだとしたら二人の美少女に囲まれるという天国に見せかけた理性を押さえる試練へとなりうる。
正直このスペックの子たちなら俺はぶっ壊れてもおかしくないと思うんだよねこれ。許されてもいいんじゃないかなって思うのよ。
「「え?当たり前でしょ?」」
(どうやら俺に逃げ場はないらしい。)
こうなっては観念するしかない。まぁ女子と風呂に入るってのは男子としては一つの夢であって。
少しくらい考えても許されるのかな。許してほしいな。
まぁ連行されるのは決まったようなものだから諦めるとしよう。そんでだ。風呂どこだ知らんぞ俺。
「風呂どこ?場所がわかんないんだけど。この建物なのか、この外にあるのか。」
如何せん昔の記憶が残っていないわけで。びっくりするほど記憶も記録も残っておらず、俺の幼少時代は謎に包まれている節がある。
「お風呂?あぁそっか爽真にぃほんと何も覚えてないんだね…。
もう呆れちゃうよ。まぁそんなところも爽真にぃの大好きな所なんだけどさ。」
(・・・ッ!?)
さりげなく大好き発言をされてしまっては驚愕しても仕方ないと思うんだ。そして話し方からして俺達より少し下の可愛い女の子に言われたと来た。
心を揺るがされない男の方が珍しんじゃないかな。妹属性も入っているだろうがさすがに実の妹がいたなんて聞いたことはない。
つまり近所の子か誰かだろう。要するに赤の他人っつーわけで血のつながりがないから意識してしまう・・・。
俺がそんなことを考えているとは知らない響は表情を変えることなく涼しい顔で説明を続ける。
「近くのところに大きな銭湯があるのね。いっつも午後7時くらいから増え始めて午後10時くらいに人が減ってくる感じかな。
ちなみに朝は5時から8時くらいまでがピークだと思うよ。今はちょうどピークから外れてるしちょっと早いけど入っちゃう?
ある程度の時間なら貸し切りにできるから家族風呂扱いで一緒に入れるだろうし。」
「んじゃ今から行こっか。3人だけならのびのびと使えるだろうし。」
善は急げと言わんばかりに即決する利理。こうなったら俺にはどうしようもないんだろうなぁ。
極限状態に陥ったら防水加工済みのスマホで気を紛らわそう・・・。
そう考えてポケットにスマホを忍ばせる。あとは適当にタオルとバックでももってきゃいいだろ。
30秒で支度を済ませた俺は玄関で二人を待つことにする。スマホのニュースのアプリを起動して適当に記事を漁る。
この里にも一応電波は入るようで何も気にすることなく使うことができる。ここまでつながると文明の発展を感じるな。
(ん…?傷害事件?)
記事の内容に一つ引っかかることがある。それはある里で起きた傷害事件のものだ。
恐らくおじさんが言っていたおじさんの奥さんが攻撃されたあの事件のものだろう。少し気になるな…。
ちょっと開いて調べようとした・・・がそのタイミングで準備ができたらしい。
「ごめん爽真にぃ。遅くなっちゃって。今日は2人しかお客さん居ないし料理の下準備をする必要もないからね。」
そう言って玄関を開け、3人が出てから鍵を閉めて歩き出す。外はまだ明るい。さすが夏だな。
しかししっかりしてるなこいつ。俺より低い年齢のくせに俺よりしっかりしてやがる。ここまで周りのことを考えられるのはすごいと思う。
「すぐそこのこれぞ銭湯!っていうとこあるでしょ?そこだよそこ。ちょっと受付してくるから待ってて。」
すたすたと中に入っていった響を追うように俺達もそこに入っていく。確かにこれが銭湯じゃなかったら何なんだって言われるレベルで銭湯だなこりゃ。
俺と利理が並んで入っていくと受付を済ませた響が俺達の分のロッカーのカギを持って戻ってきているところだった。
「こっちこっち。今日は1時間いいってさ!他に誰も貸し切りしてないしゆっくり入れるね!」
嬉しそうに跳ねながら時間の連絡をする響。
「そういや少し確認したいんだがタオルって湯船につけちゃまずいよな?」
「当たり前だよ何言ってるんだよ爽真にぃ。だめにきまってるじゃないか。」
えっと…すごくまずいぞこれ。タオルを着用してない状態で3人で風呂なんか入ったらその・・・見えちゃうんじゃないかないろんなところが。
「あ、もしかして爽真にぃ…エッチなこと考えてたんでしょ。私を誰だと思ってるのさ・・・。
まぁ私は爽真にぃなら別に・・・いいけどさ。」
心読めんのかこいつ。怖すぎんだろオイ。てかなんだよ最後のデレは。更に意識しそうじゃねえかバカヤロウ。
何故かそれに張り合うように利理は
「わ、私だってそーまに変な目で見られてもいいんだからっ!」
助けて誰か。この状況を止めてくれ。だがまだスマホに頼るのは速い。
「あーもうさっさと入るぞ。1時間だからってゆっくりしすぎだぞ。」
腰にタオルを巻きながら言うと二人の返事が返ってきた。
後ろを向いて見ないようにしているが衣擦れの音がやけに気になる。
「何でそっち向いてんのさ。どうせ見るんだから気にしたって同じでしょ?」
そう言って俺の目の前に回り込んできた響は〝全裸〟だった。
慌てて目を逸らすと響はむぅ・・・と頬を膨らませて言う。
「何さ。私のスタイルに文句があるなら言ったらどうなのさ!胸か!胸がないと言いたいのか!」
(違う、そうじゃない!!!!)
「ふふん♪そーまも諦めなよ。気持ちは分かるよ?私だって恥ずかしいんだから。でも気にしすぎだよ。ねぇひーちゃん?」
「そうだよね!利理ねぇ!」
あかん。こんなところで言い合っても埒が明かん。
もう入ってやる。ガラガラ・・・と音を立ててドアを開けて中に入ると一気にむわっとして蒸気が体を包み込む。ちなみにスマホはまだ手元にある。
「かかり湯を忘れちゃだめだよ?」
響にそう促されかかり湯を行う。いつも家の風呂だから忘れがちなんだよなこれ。
かかり湯を済ませて大きな湯船にゆっくり体を沈ませる。丁度良い湯加減に体中の細胞が安らぎを感じているような気分になる。
同じようにかかり湯を済ませた二人が同じ湯船の中に入ってくる。これだけで緊張するのに何故か俺を挟み込むような形で左右に座る。
「どうせなら記念撮影しない?体は映らないから問題ないと思うからさ。どうかな?」
何て提案をするんだ利理お前って奴は。なんで顔輝かせてんのさオイオイ。
俺を挟み込むような形でいるため逃げ場はない。それに加え、写真に収めるため距離を詰める必要がある。
従って二人の体は俺に密着することになるわけで。やばいホントこれ以上は。
「撮るよ?はいちーず!」
かしゃっというシャッター音とともに撮った写真が表示される。
この写真だと俺は別に何かを考えていない、心底普通と言ったような表情でいるためあたかもこの状況に慣れているかのように思われてしまうかも知れない。
「よしみんなありがと!いい写真が撮れたよ!」
だが嬉しそうに利理が笑うので怒りはどこかに飛んで行ってしまったようだ。女子の笑顔ってすごい。
「なんでもう撮ったのにこんなにべったりくっついてるんだ?その・・・当たってるんだけど。」
「「当ててるんだよ」」
「うぉあ」
まさかこのセリフをリアルで聞く日が来るとは俺は思っていなかったよ全く。
やめろすごく柔らかいからほんとに。響も響ですべすべの肌が腕を撫でるので別のベクトルでやばい。弾けそう。
かくなる上はもう体を洗うルートに移動しよう。ざばぁっと水面を揺らしながら立ち上がり、椅子に座ってシャワーの蛇口をひねって体に軽く浴びせる。
「爽真にぃ背中流すよ!」
「私も!」
・・・もう好きにしてくれ。半ばあきらめたようにそう言って背中を晒す。
ボディーソープを二人は手に取り、俺の背中を丹念に洗っていく。すごい今幸せな気分だな。女子に背中を流してもらうとか並大抵の人生じゃこの年では無理だぞ。
正直意識しすぎて逆にもう何をされたか覚えていない。ただ何も考えないようにしていただけだがそれでも意識してしまう。
気が付けば俺は服を着て3人で外を歩いていた。
のぼせていたのだろうか。先ほどのことは記憶に残っていない。それがいいことなのか悪い事なのかわからないが・・・。
一つだけ言えるのは
『今回のことで更にこいつらを女性として意識しちまうようになった』ってことだけだな。あとは知らん。
すげえねむい