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忘却の里  作者: 伊亜流
3/9

▶『出発』◀



二人で手をつないで歩くこと数分。そろそろクラスメイトがいてもおかしくないような地域に出てきたのでそっと手を離すとその離した手を追いかけるようにして利理が握ってくる。

こんなところを見られると若干まずいのだが。まぁこいつがそうしたいんならそうしてやるか。もう今更感すごいし。

俺達の家から駅までは余程遠回りをしない限り学校の前を通ることになる。

俺らは走ってでてきたからもう既に着替えも済ませているが、まだ駄弁って今から帰るというやつも少なくない。

学校の前を足早に通り過ぎようとする。だが、一つの殺意を帯びた眼差しが頬を撫でた。

その死神の視線は一つ、二つから十、二十と増えていく。それだけで俺の恐怖心を撫で上げるのには十分だった。

死神の手が俺に触れるよりも早く走り出す。だが荷物の重量で言えばあちらの方が数段軽い。

必死の逃走も空しく、俺は見事に捕まった。手を繋いだままで。

「なになに・・・?二人でどこかに旅行にでも行くのかなぁ?ん?」

クラスメイトの女子の一人が俺に向かって話しかけてくる。うっわぁすごくめんどくさい。

正直関わりたくはないのだが同じクラスにいるとそうも行かない。俺に向けられた問いに対して答えたのは俺ではなく、傍らの利理だった。

「うん。ちょっとそーまの家族のところ(里)に行こうかと思って。」

あかん。そのニュアンスだと間違いなく誤解を―――。

「ななななんですとぉ!?もうご両親に挨拶に行く段階へと進んでいるのですかこのバカップル!!!

けしからん!もっとやれ!」

(全く訳が分からないよ)

そう白目になりながら思考してはたと気が付く。スマホを起動して時間を見ると12:45分。

駅はもう見えているが、13:00に発車する電車に乗らねばならないのだからあまり時間は無い。

「あ、わりぃけど電車の時間が迫ってるんで話の続きはもうラインでも何でもしてくれればいいから。

夜暇な時対応するから今はマジで勘弁してくれ。」

「お、おい。ちょっと待っ――。」

静止の声がかかったが知らん。俺には時間がない。電車が待ってくれるわけじゃねえんだ。

手を握りしめたまま駅のホームへと行き、改札口の前にある券売機で切符を買う・・・のだが。

「おいどこやったらいいんだこれ。マジでわかんねえよ。」

里の場所がどこかわからないので切符を買うにしてもどこの切符を買うべきか分からない。

後ろの利理に指示を仰ぐと、

「えーとね。ここの切符を買うから…ここをこうして・・・。」

手慣れた手つきでタッチパネルを操作していく。何で覚えてんだこいつ。俺なんていまだに一つもわからんぞ。

はい、と利理が俺に切符を手渡す。利理も同じ切符を購入し、改札口を潜り抜ける。

あまり人は多くなく、ホームもそこまで混雑していない。

ホームに着きホームに備えられた時計を見上げると58分。結構ちょうどいい具合の時間になったな。

そう言えばさっきからラインが少し入ってたな。ちょっと確認しておくか。

メッセージの内容は…と。

『西城さんとはいつ結婚するの?』

「ん?どしたの?私にも見せて!」

「い、いやなんでもねえ。迷惑メールが入ってただけだ。気にすんな。」

慌ててスマホの電源を切りつつ誤魔化す。利理は何か言いたげな表情をしたが、聞いても無駄だと思ったのか、それ以上詮索してくることはなかった。

それと同時に右側の方から電車がホームに入ってくる。ちらっと中を覗いてみたが人はそこまで乗っていないようだ。

これなら俺たち二人で座れるスペースも確保できそうだ。

アナウンスとともに扉が開かれる。扉が開くと同時に数人の人が降りてくる。その人達がすべて降りたのを確認してから車両に乗り込み、近くにあった二人掛けの椅子に座る。

思った通り人は殆どいない状態で結構のびのびと使えそうだ。窓から差し込む日の光を浴びていると少し眠たくなってきた。

これは流石に逆らえそうにない。授業が終わった時点からすでに眠かったのだ。少しくらい眠るくらいこいつも許してくれるだろう。

「わりぃけどちょっとだけ寝かせて…ってお前もう寝てんじゃねえか。」

気が付けば俺の肩に頭を預けてすやすやと眠る利理の姿があった。首の近くまで頭が近づいているので利理の甘い落ちつくにおいが鼻孔を刺激する。

・・・だめだこりゃ。太陽の光が相手ならまだ何とかなっただろうがこんなに近くで心地よい寝息をたてられたら俺も眠っても仕方ないよな。

「おやすみ。」

そっと目にかかった髪を横に流してやりながら俺も利理の頭の上に頭を預け、意識を落としていった。




「・・・て・・・・・・きて…ま。・・・起きてそーま。」

(う…うぅん・・・。すっかり眠っちまった。)

日光を浴びて心地よくなったとはいえ久々に熟睡した気分だ。最近は課題とかで忙しくて満足に寝られなかったからな。

久々にリラックスできて結構頭がすっきりしてる。やっぱ睡眠って大切だな。

そこまで考えてふと気が付く。俺が寝た時の体勢と今の体勢。どこか違うような気がする。

確か俺は俺の肩に頭をのっけてきた利理の頭の上に更に頭を置いて寝たわけだ。ところがどうだ。

今は何故か横になった状態で目を覚ましている。眩しさに目を細めながら目を開くと思った通り微笑みながら覗き込む利理の姿があった。

利理の綺麗な栗色の髪が頬をくすぐる。

ということは、だ。今俺は利理に膝枕された状態で過ごしていたわけか。

率直に言うとだな。

(すげえ恥ずかしいッ!!!)

多分この寝起き後の清々しさから俺の寝顔はさぞかし満足そうなものだったのだろう。

それを乗り降りしていく人達に見られてたと思うとめっちゃ恥ずかしい。

俺が第三者だったとするならば、〝彼女〟の〝膝の上〟で〝満足そう〟に〝眠る〟〝彼氏〟に見えただろう。

想像して頬が熱くなってくる。いや別に利理のことを意識しないわけじゃないけど。可愛いし。

だがそんな俺の心境を知らない利理はにこにこ笑いながら

「そーまの寝顔かわいかったよ!」

そう言った。やめてくれ恥ずかしい。ほら向こうの人がこっちみて微笑ましげに見守ってんじゃねえかやめてくれ。

「あ、それはそうともうすぐ着くよ。ほら、そーまの分の荷物。」

そう言って電車上部の網棚から俺の分の荷物をとって渡してくれる。

なんかこういうのは男の役目の様に思えてならない。

「すまん、ありがとな。」

一応感謝はしておいた方がいい。親しき中にも礼儀あり、だ。

俺の感謝の言葉を聞いて一瞬キョトン、とした顔を作ったあとニヤリと意地悪そうに笑いながら言った。

「お風呂一回で許してあげよう。」と。

まぁ心地よく眠れたのは本当だし一回だけなら見ないようにすれば大丈夫だろう。

そう思って軽く口にした了承だったが…あとから思えば間違いだったような気がする。


そんなやり取りをしながら電車からホームへと降り立つ。どこか懐かしいような気もするがまだ昔の記憶は戻っていない。

「んで?何処にあんの?里って。」

俺がぶっきらぼうに尋ねると利理はスマホを取り出し、ホームの隅の方で電話をかける素振りを見せた。

数分経つとスマホを鞄へしまいながら俺の方へと寄ってきて、

「ふふん♪予め私のお母さんにお迎えを頼んでいたのです。褒めて褒めて!」

そう得意げに語る利理は子供のように思えて微笑ましく、無意識に俺はそっと彼女の頭を撫でていた。

数分後、俺に撫でられる事にようやく満足した利理とともに駅から駐車場に向かう。

利理から聞いた話ではこの駐車場に迎えの人がいるはずだが…。

見当たらない。決して広いとは言えないこの田舎の駐車場に迎えが見当たらないというのもおかしなものだ。

まだ来ていないのかと思って待ってみるがそういう事でもないらしい。

待ち時間は五分を超えている。予め頼んでいたのならこれだけ遅れるのはおかしい。

利理も困惑したような顔をしているのでやはり想定通りではないらしい。

「おかしいなぁ・・・。お母さん時間は守る人なんだけど…。」

そう利理が呟いた瞬間、止まっていた車から一人の男がふらふらとこちらへ歩いてきた。

(・・・こいつ…ラリってんのか?)

ふらふらとゾンビのようにこちらへ歩いてくる男の手にはナイフのようなものが握られている。

刃渡りはざっと17センチあたりってところか。家庭用の包丁みたいだ。

その時俺の背中に悪寒が走る。

(おいおいおい。まさか攻撃とかしてくるのか…?)

背後の利理を庇いながら後ろに下がる。動きは遅いから逃げきれなくもないが・・・。

(無理だな。利理のことだからビビってろくに動けないのは明白だ。昔からお化け屋敷だのホラー映画だとかはずっと俺にべったりだった。

目の前にリアルな恐怖があるくらいだからいくら運動神経がよくても逃げきれはしないだろう。となると取り押さえるしか方法はないが…。

どうしたものか。多分こいつはその辺の薬物中毒者とかそういう部類だ。目は焦点があってないし足元もおぼつかない。

だがそれ故にどんな行動をとるか予想ができない。正常な判断ができないということは如何なる場合によっても行動の予測が不可能であることを示している。

小さいころから利理に絡んでくる男から利理を守ってたりしたからこういう時の観察眼は鍛えられたような気がする俺でもこの能力は無用の長物でしかない。)

ここまで思考したが結論としては対処法が不明である、ただそれだけだ。

ましてや今まで相手にしてきた人間は武器を持っていない相手が殆どだったし持っていたとしてもバットのような鈍器だった。

つまりナイフというのは俺にとっての初見の相手である。

このまま距離を詰められれば相手の間合いに入ってしまう。それまでに利理だけでも逃がさなければ。

「おい利理。お前はそこの物陰に走って隠れてろ。俺が引きつけて時間を稼ぐ。その間に誰でもいい。知り合いに助けを呼べ。できるな?」

何時になく真剣な表情で用件だけを伝えると素早く臨戦態勢を取る。気が付けばその男は先ほどよりもかなり接近していた。

(背後を見せると近寄ってくるのか?それとも別の何かが?)

そいつを正面に捉えながら大きく円を描くように動き続ける。そのあいだも男の動きはゆっくりとしたもので脅威ではない。

(ちょっと試してみるか。)

あえて一瞬相手に背中を向け逃げる素振りをする。もちろん本当に逃げるわけではないが。

そのあと男を見てみたが変化は無し。ということは背後を見せることはほぼ関係ないとみて間違いないだろう。

(じゃあ何がカギだ…?)

そこまで考えた瞬間駐車場の入り口に一台の車が走り込んできた。

大きめのワゴン車である。その車の運転手は窓を開けて叫んだ。

「爽真君!利理を連れてこっちへ来い!」

そう叫んだ瞬間、男が動いた。俺ではなく、その車めがけて一目散に走りだし、包丁を振りかぶる。その動きは先ほどとは別人のように俊敏だった。

すでに何者かの血痕が付着したその包丁が振り下ろされるその直前、俺もまた走り込んでいた。包丁を振り上げたことにより、無防備になった脇腹に全力の蹴りを叩き込む。

男は崩れるように地面を転がり、車の停車用の車止めに頭をぶつけて止まった。

だが男はぶつけた頭を押さえることすらせずにふらふらと移動する。

だがこいつの動きの判断基準は・・・『音』だ。

恐らく焦点のあってない瞳はすでに役立たずとなっている代物なのだろう。

(それなら――)

懐に入れておいた自宅のカギを俺から見て左側の地点に投げつける。

すると思った通りその音に反応し、凄まじいスピードでその地点へと至って包丁を振り上げる。

となれば話は簡単だ。音を出しておびき寄せ、そこを攻撃すればいい。

(ただ・・・攻撃が聞いてないような気がする。)

というのも先ほどの蹴りは確かに相手の体を大きくとらえて吹き飛ばしたはずなのだが何事もなかったかのように立ち上がった。

恐らくこいつ痛覚がマヒしてやがるな。これは意外ときつい。どんなに大きなダメージでも痛みを感じなければまるで意味をなさない。

とすれば…あいつの武器を奪って警察とかで指紋調べてもらえばいけるかもしれない。

こうでもしなきゃ対応ができない。殺されそうになったから、あいてに痛覚がなかったからと言って殺すまで骨をバキバキに折るのは流石にやりすぎだと認定されるだろう。

背中に背負っていた鞄を外し、俺から向かって右側の方向に投擲する。

カチャ、と金属音をたてた鞄に反応した男はすぐさま包丁を振り上げて力いっぱいに振り下ろした。

(今だッ!)

足音を極限まで殺しながら疾走する。振り下ろした直後で反応の遅れた男の右手を全力で蹴り飛ばす。

習い通り右手に握られていた包丁は近くに転がっていく。その音を察知した男だったがそれを許すほどのろまじゃない。

後ろから体当たりし、倒れたところに馬乗りになりマウントポジションをとりながら叫ぶ。

「利理!その包丁を持っておじさんのとこに走れ!」

俺が叫ぶと下の男は著しく暴れる。だがきっちり位置取りをしているので抜かれる心配はない。

物陰から素早く利理が飛びだし包丁を回収しながら車の中へと滑り込む。ドアの開閉音にも反応したが逃がさない。

すると利理が車の中からドアを開けっぱなしにして手招きしている。早く来い。そう言うことなのだろう。

男の拘束を解くと同時に一瞬で距離をとり、自らの荷物と鍵を回収する。流石に音が発生してしまい、こちらの位置が捕捉される。

近くにあったチェーンを大きく揺らしてそこへ男を引きつける。

読み通り隙ができ、俺が車の中に転がり込むと同時におじさんが車を急発進させる。慌てて反応した男だったが車のスピードには追い付けず、それ以上追いかけてくることはなかった。

冷や汗を全身にかきながらおじさんに問いかける。

「なんなんですかあの人・・・!?」

車を運転しながらおじさんは何とか受け答える。

「わからん…だが一時間ほど前うちの女房がさっきのやつに切り裂かれてな。手当に時間をかけちまって迎えに来るのが遅れちまったがまさかお前たちのところにアイツが行っていたとはな。

しかしよく対処できたな。普通なら必死に逃げようとするもんだがお前はやけに落ち着いていた。どういうことだ?」

訝しげな口調で俺に問い返してくるおじさん。だが今は説明する余裕はない。

「それは里についてからお話します。利理の精神状態が安定してから再度集まりましょう。」

「うむ。それがいいだろう。少し飛ばすぞ。」

そういっておじさんはアクセルを一層深く踏み込み山間の里へと進んでいくのだった。


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