携帯故障
そうして朝食後、せっせと原稿に励んで数時間が経ったころだった。
いずこかで、急にピロピロと携帯電話の音がしだす。
「おい、チー。電話鳴ってるぞ。杏じゃねーのか?」
「えー、ちがうよぉ。里沙にまたアシの要請とかじゃないの?」
「マジか、今日は断われよ」
「バカ。鳴ってんの、どう考えても紫苑のケータイじゃない!」
紫苑は、おどろいてダイニングテーブルから顔を上げた。
リビングの里沙が、紫苑のリュックを指さしている。
「また、例の恋人じゃないの?」
「は? ……なわけあるか。あいつ、今ごろはチームの練習のはず……────いやちがう、チー。ほんとに恋人なわけじゃなく」
「いいから早く出ろっての!」
いちばんリュックに近い里沙に一喝されて、向かいからじっとりと自分をにらむ従妹に弁解しようとしていた紫苑は、あわてて椅子を立った。
いい加減切れてもよさそうなものだが、ケータイはしつこく鳴っている。
「……なんだ? マジで秋美か」
ガラケーのふたの着信表示におどろきながら、紫苑はかぱりとケータイを開いた。
そして、受話器を上げる表示の通話ボタンを押す。
「もし、────」
たしかに押して、もしもし、と言うつもりが、まだピロピロと音が鳴りつづけていた。
紫苑は、もう一度ボタンの場所を見計らって、少々ちからを込めて押す。
──が、音はやまない。
「ちょっと紫苑、なにやって…………」
「やっべえ。ケータイが壊れた──」
「ハア? 鳴ってんじゃない」
「だから、ボタンを押しても反応しねーんだ」
「えー。電池が切れてんじゃないのぉ?」
「アホッ、切れてたら鳴るわけねーだろ!」
そっか、と千夜がつぶやく間も、紫苑はボタンを押しつづけた。
と、音が鳴りやむ。
「おっ。もしもし? ────なんだ、切れただけか」
「ちょっとぉ、しーちゃん! ケータイ落っことしたわけ?」
「いや、そーいや、こないだから調子が悪かったんだ。開いても液晶が付かなかったり」
だから、昨日も大学に持って行くのをやめたのだったとおもいだした。
とはいえ、電源を入れなおせば直っていたし、昨夜の時点ではボタンも反応していたはずだ。
「五年も使ってればねー。もう寿命だよ」
そう千夜に切り捨てられたとたん、またピロピロ鳴り出してしまう。
紫苑は、振ったり、閉じたり開けたりを繰り返してみたが、まるで効果はなかった。
「電源入れ直してみればー?」
「ボタンが効かないのに、どうやって電源切りゃいいんだよ!」
「電池を抜いたら切れるんじゃありませんか」
千夜の隣に座っている真名が、トーンカッターを片手にこちらを心配そうに見ている。
「あっ、ナルホド」
「っていうかさー、秋美くんって、しーちゃんのケータイが携帯されないケータイだって知ってんでしょ? いやに粘るね?」
「粘るねってか、うるさーい。気が散る!」
里沙に怒られて、紫苑はケータイを手にしたまま廊下に出た。
真名に言われたとおり、うしろのふたを開けて電池を外したまでは良かったが、電池を入れ直して電源ボタンを押してみても、今度は電源が入らない。
ボタンが反応しないのだから、考えてみればあたりまえのはなしだが、これではまるで電話に出るのが嫌で電源を切ったようではないか、と紫苑は青くなる。




