ケンカ
ダイニングまで千夜の手を引っぱって行き、テーブルにつかせてから、紫苑は自分の夕飯をレンジで温める間、ミルクパンを使って、砂糖をたっぷりと入れたインスタントコーヒーのカフェオレを作ってやった。
リビングには父親と母親の両方が居たが、ふたりしてテレビの映画に見入っている。
「あの映画、映画館にふたりで見に行ったんだって。パパさんとママさん、相変わらず仲いいんだね」
「あれって、原作、マンガだよな? 相変わらず、っていうかな……」
紫苑は千夜の前に湯気ののぼるマグカップを置きながら軽くため息をついた。
「あっ……あまぁい。おいしい!」
口をつけた千夜が、紫苑の顔を見上げて、にこっとほほえむ。
紫苑はほっとした。
千夜の向かいでハヤシライスを食べだした紫苑は、とちゅう、クラムチャウダーを飲みながら、ちら、と千夜に目をやる。
もう、その顔に涙のあとはない。
「なあ、チー。真名とケンカでもしたか?」
はた、と千夜が紫苑を見返してくる。
図星なようにも、そうでないようにも見える反応だった。
こと、と両手で包み込んでいたマグカップを下ろして、千夜がどこか苦い顔をする。
紫苑は、せめて飲み終わるまで待ってから訊けばよかったな、とすこしばかり悔いた。
「ちがうよ。ケンカしたのは、里沙と杏ちゃん。杏ちゃんは……もう、戻ってきてくれないかもしれない──」
紫苑は、スプーンを置いて腰を上げた。
千夜の頭に手を載せる。
「そんなわけないだろ。杏は、ずっとおまえらといっしょにやることを考えてた。いちばん、一生懸命に考えてたくらいだ。なのに」
「だから、怒っちゃったんだよ。そんで──杏ちゃんが怒ったら、もうどうにもできないよ。だって、杏ちゃんが怒ったことなんて、今までいちどもないんだもん。里沙が怒っても、真名が怒っても、私がすねても、まあまあ、って杏ちゃんが笑ってなだめてくれたの」
紫苑はうなずいた。
すべてが冗談のような杏の茶目っ気のある笑顔はいくらでもおもいだせるのに、怒った顔なんてひとつたりとも浮かばない。
一つ年上だという杏は、四人組のフォロー役のようなところがあった。
どんなにこんがらがった問題も杏がいればうまく解決してみせただろうが、当の杏に関して問題が生じたら誰が解決するのか……紫苑にも、とんと見当がつかない。
ぎゅっ、と千夜の両手が紫苑の腕をにぎりしめる。
「おねがいしーちゃん、助けて……!」
紫苑は、もう一方の手で自分の後ろ髪を掻いた。
自分のことばになら、杏は耳を傾けてくれるかもしれない、と紫苑もおもう。
でもそれは、紫苑がどちらかに肩入れしたりせず、仲間たちからは一歩退いた、客観的な存在であればこそだ。
「杏を怒らせた、って言ったな?」
「……うん。でもね」
「でもはいい。あいつは、何に対して怒ったんだ? まずはそこだろ」
「──黙ってた、こと」
「なにを? こっそり何か買ったのか?」
「ちがうもん。ほらぁ、しーちゃんが持って帰ったアレ。バーベキューか焼き芋やってって言ったやつ!」
紫苑はいっしゅん目が点になった。
バーベキューと焼き芋、たしかにどこかで聞いたような気のする単語の組み合わせではある。
二秒ほどして、こんどは目を見開いた。
「あの、例の、メタメタにされたおまえらの本か!」
「そうだけど、それだけじゃなくて、ぜんぶ。サイトに来てた脅迫のメッセージとか」
紫苑はあんぐりと口を開けた。




