じゃがいもコロニー
「千夜ちん。ペンネームじゃなくて、ふつーに本名が聞きたいだけだとおもう。私は、黒崎杏。あっちが遠藤里沙ちん。五代真名ちん、は聞いたのかな。で、従兄くんは?」
「坂下紫苑」
「坂下紫苑」
すかさず千夜が答えたのはわかるが、同時に美少女こと里沙までが答えたことに、紫苑はおどろいた。
もっとも、真名も最初から紫苑のことを名前で呼んでいた気がする。
「へーえ、しお、ん……くん、ね。芸大の美術学部で彫刻専攻ー、ってのは聞いてます。年は、ハタチ?」
「冬に誕生日がきたらな」
「あっれ。しーちゃん、まだ十九なんだ?」
「悪いか」
「うんにゃ! お酒もタバコも、ダメなんだね。よかったぁ。里沙が叩き出すっていうから」
腕っぷしに関係なく、世の九割方の男は叩き出せるにちがいない、と紫苑はおもった。
パソコンに向かうそのうしろすがただけで、磁石のように男の目を引きつける。
長い髪から生えたむきだしの肩のラインは、文句なく少女的で美しかった。
「で、俺はどこで何を描けばいいんだ」
「杏ちゃんのとこで、一ページ目の背景を描いて。宇宙空間になんちゃらコロニー」
「なんちゃら、でわかるか!」
「宇宙船が次々に寄港する、巨大なスペースコロニー。小島に人工物くっつけて要塞化したみたいに、小惑星に建て増ししてるイメージなんですけどね」
紫苑のためにローテーブルの上を空けてくれながら、杏が代わりに説明してくれる。
「デザインは?」
「ううーん。里沙ちんの頭の中には、あるかも? 宇宙船は、デザイン画があった気が」
どこいったかなー、と床の上の原稿をぺらぺらとめくりだす。
やがて、杏がA4サイズのコピー用紙を、斜め前にあぐらをかいて座った紫苑に差し出してくれた。
受けとろうと手を伸ばすと、ぬっ、と目の前にべつの紙が出現する。
「こーいう感じ!」
ぶっきらぼうな声は、里沙のものだとすぐにわかる。
紫苑は先にそちらを受けとった。
「あー、さんきゅー」
見れば、描かれているのは実にてきとー極まりない線画だったが、ふしぎと、じゃがいものような小惑星と無機質な構造物がどんなふうに合体しているのか、その形状、宇宙船との比率など、過不足なく伝わってくる。
きっと、頭の中には明確なイメージがあるのだろう、と一目みて紫苑はおもった。
同時に、それをさらりと描いてしまう画力の高さも窺える。