鍵、没収
「さっきの男のことがあって、女だけじゃ不安だからだろ。おまえや真名だって怖がらずに眠れるようにってことだろうが」
「ふーんだ。私は、変な脅しとかストーカーより、ユーレイの方が怖いもんね」
「そうか。じゃあ、おまえが里沙についててやれ。俺は帰ってベッドでゆっくり眠るから」
「ええー。しーちゃんが泊まるのはいいの。ここに泊まるだけならいいの。むしろ、私の部屋でいっしょに寝よ?」
バカ、と紫苑は千夜の頭を押しやって一蹴した。
「俺がおまえの部屋で寝るから、おまえがこのソファで寝ろよ」
「何でよぉ。それなら、しーちゃんは里沙のベッドで寝て、里沙がここで寝なよ。泊まれって言ってるのは里沙なんだし」
「ソファでなら、私が寝るから。ほら、私がいちばん小さいし。紫苑さん大きいのに、ソファで寝かされてばかりじゃかわいそうだよ」
紫苑は、おもわず真名を振り返る。
かわいそう、と誰かに言われたのは初めてかもしれない。
まるで、お日様に干した真綿でぎゅっと抱きしめられたような心地がした。
もしも千夜にこれくらいの気づかいができれば、紫苑ももうすこし従妹のことを女の子として意識できたのではないかとおもう。
「里沙ちゃん。千夜と寝たら夜中にパンチが飛んでくるからね。気をつけて」
「それ、気をつけようがなくない? 殴られる前に、ベッドから蹴り落とせってこと?」
ひっどーい、と千夜が抗議の声を上げた。
紫苑は真名を手招く。
「ほんとにいいのか、ソファで。寝心地がいいとは言えないぞ」
「構いません。それより、あとですこしだけ、おねがい聞いてもらえますか?」
「改まってしなきゃいけないような────おい、里沙ッ!」
真名に向かって話していた紫苑は、ジーンズのポケットを漁ってくる手にぎょっとした。
「ねえ。自転車のカギどこ?」
「右のポケットだ……いや待て、俺が出す!」
体の上に乗りだして右のポケットに手を伸ばそうとする里沙を、紫苑はあわてて押し止める。
避けられるのもかなりショックだったが、千夜とおなじくらい無頓着に寄ってこられるのもシャレにならない。
真名や杏が自然と他人以上身内未満な距離感を保ってくれているのが、もしかして奇跡なのだろうかとおもうほど、里沙の距離感は極端だった。
まるで、男には害虫と騎士しかいないとおもっているかのようだ。
少女マンガの世界では往々にしてそういうものかもしれないが、現実にそんな二択をされては、男はたまったものではない。
「どうするんだ、こんなもん」
ちゃら、と紫苑はタグのついた自転車のカギをポケットから取り出して見せた。
と、エサをかすめ取るサルのような早業で、里沙にカギを奪われてしまう。
「私がお風呂に入ってる間に帰れないよう、あずかっとくの!」
里沙はクリーム色のショートパンツにキュッとカギを押し込んだ。
まさか、女の子の衣服を断りもなく漁ることなど、紫苑にできようはずがない。
どうしておなじことを女性がやってもセクハラにならないのだろう、とおもいつつ、紫苑はため息をついた。
「帰る気はないから、べつに構わねーよ。ただし、無くすなよ」
「はーい」
にこっ、とおもいがけず笑った里沙に、紫苑はごほっ、こほん、と咳払いをするよりほかない。
咳き込んだふりをすれば、頬にさした赤味も誤魔化せるだろうとおもったのだ。




