突キ
くるくると竿のつなぎ目を回していると、ショートパンツすがたの里沙が建物の影から現れる。
「紫苑……っ!」
限界まで短くした一.五メートルほどの物干し竿を手にしたまま、紫苑は里沙に駆け寄った。
そして、その八メートルほど後方を歩いてきていた男のすがたを路上に認める。
紫苑より、五つくらい年上のようだ。
「うちの大事な妹に、何の用だ?」
紫苑のTシャツをつかんでいた里沙が、えっ、と微かな声をもらした。
「里沙、ちょっとうしろに離れてろ」
ささやくと、里沙の手が離れる。
男は、いちど、そしらぬふりで背後を振り返ったが、物干し竿を中段に構えて一歩近づく紫苑を見ると、狼狽したように弁解を始めた。
「俺はただ、駅でかわいい女の子を見かけて、この辺に住んでるのかなーとおもって着いてきただけで、べつに……」
それだけで、その男には危害を加える気も度胸もないことは紫苑もわかったが、それで無罪放免にしてはおなじことを繰り返さないとも限らない。
「質の悪いストーカーだって、きっと似たようなことを言って言い逃れるよな?」
紫苑は裸足のまますたすたと男に歩み寄った。
そして、突き一発で仕留められる間合いまできて、足を止める。
竹刀よりもだいぶ長いので振る速度はやや落ちるだろうが、突きであれば影響はない。
紫苑、と不安そうな里沙の声が聞こえたが、紫苑には仮に相手が凶器を出したところで、飛び道具でないかぎりは自分の小手の方が先に決まる自信があった。
「とりあえず、警察に突き出すか……」
「かんべんしてくれ。ちょっと、かわいいなーとおもっただけだろ。いや、そう、うちだってこっちなんだ、この先の──」
「かわいいから何だ? そっちがどんなつもりだろうと、女の子を怖がらせた時点でサイテーなんだよ! こそこそ後なんて着けてねーで、正面から交際を申し込めるくらいの男になって出直して来いッ」
紫苑がたっ、と地面を蹴って物干し竿を突き出すと、男はひぇえ、ともひゃあ、ともつかない悲鳴を上げて尻餅をついた。
そのままそこに立っていても喉仏を突き砕くことはなかったはずだが、紙一重でなくてはおどしにならない。
紫苑はさっさと男に背を向け、ぼーぜんと立っている里沙の元に歩み寄った。
と、どんっ、と乱暴に里沙の長身がぶつかってくる。
紫苑は、長い髪ごとその背中を撫でた。
ちら、と視線をやれば、立ち上がった男は駅の方に向かって一目散に掛け出していく。
つまり、この先にうちがある云々は、やはりでたらめだったということだ。
「もう、心配いらないぞ。……あと、妹とか、大嘘ついて悪かったな」
家に男がいるとおもえば踏み込もうとはしないだろうとおもったのだが、紫苑と里沙では兄妹というには少々無理があったかもしれない。
里沙はしばらく無言で肩を震わせていたが、さすがの紫苑も、そのうちに里沙がどうやら泣いているらしいことに気づいた。
「……こわかったよな?」
「うん──」
「それでも、チーを守ろうとしてくれて、さんきゅー。あれはそんなにやばい男じゃない。もう心配するな」
と言っているのに、里沙はよけいにきつくしがみついてくる。
女の子らしいシャンプーのにおいが鼻腔をくすぐって、紫苑は必死に顔をそむけた。
肩を抱いてやりたい気もするが、それがごく自然な行為なのか、それとも邪なこころがそう錯覚させているだけなのか、判然としない。




