悪意
「……先週きてた変なメール、おぼえてる?」
「メール? ────って、あの死ね、とかなんとかいうやつか? まさか──」
こく、と千夜がうなずく。
真名はぺたりと床に座り込んでしまった。
「たまにくんの。ああいうメッセだけじゃなくて、郵便物が。たぶん、おなじやつからじゃないかな」
「相手は?」
「わかるわけないよー。ここ一年くらいかなー。べつに、本を出すなとか、イベントに参加するなとか、そういう具体的な要求はないの。ただ、悪意をぶつけてくるかんじ」
紫苑は、ローテーブルの上の定規を使って、封筒の上部をやぶった。
「────ひどっ!」
おもわず千夜がもらしたのも無理はない。
中から出てきたのは、紫苑でも彼女たちの作った本だとわかる絵が表紙のA5サイズの『転生覇王伝』本だった。
が、表紙には黒の油性マジックででかでかと『死ね』と書かれ、これでもかとカッターで切り目を入れられている。
ぱらぱらとページをめくってみれば、中にも『消えろ』とか『どろぼう』とか赤マジックの文字が踊っていた。
「程度の低い嫌がらせ、ってかんじだけど……わざわざおまえらの本を買ってやるってのがな。嫌いなら買わねーよな、ふつう」
「基本、住所は書かないようにしてるんだけど。以前は通販とかやってたから、それで知ってるんだろうなー。かといって、引っ越すわけにもいかないし」
「この差出人に心当たりはねーのか」
裏返してみれば、意外なことに住所から氏名までいちおうちゃんと書かれている。
「それ、マンガとかの登場人物の名前、そのままだよ。毎回ちがうけど……何も書いてないとあやしまれるからかな? たぶん、住所もでたらめじゃない? 里沙が言うには、郵便番号が東京じゃないんだって」
おまえだって東京に住んでただろ、と紫苑はおもったが突っ込まないでおいた。
「毎回、こんなふうにおまえらの本をめちゃめちゃにしてくんのか?」
「うん。オンリーイベントのアンソロジー本に参加したやつとか、ジャンルちがいのコピー本とかもやられる。そこまでするかって逆におもうよ」
「……対策も打てねーよな」
「そーなの。私たちに危害を加えるわけじゃないからまだいいけど、真名は怖がってるし、こんなことされるおぼえもないし。やめて欲しいけど、相手がわかんないから文句も言えないんだよね」
紫苑は、もういちど本に視線を落とした。
「この字じゃ、男か女かもわかんねーな」
「たぶん女だろうけどねー。女の嫉妬って、わけのわかんないところから襲ってくるでしょ。若くて才能あって仲良く本を作ってるのがうらやましい、キーッ、みたいな?」
千夜の口調は、そう深刻ではない。
紫苑はほっとして、本を封筒に戻した。
それから、床に座り込んでいる真名のそばに寄る。
「ああ、よかった。すこし顔色も戻ったな」
「はい。今の千夜のことばを聞いてたら、ただそれだけのことなのかなって。私、考えすぎちゃうのが悪いくせみたい」
「深く考えないチーとで、バランス取れてんじゃないか? 考えすぎるくらいじゃないと、ストーリーを生みだしたりもできねーだろ。でも、この件に関しちゃ、真名がひとりで考え込むことはないとおもうぞ。逆に言えば、本を買った他のやつらはみーんな純粋におまえらのファンで本を楽しんでるってことだしな」
紫苑がぽん、と頭を撫でると、真名がふわりと春の雪のような笑みをこぼした。
「これは、俺が処分しとく。いいよな?」
「いいよー。バーベキューでも焼き芋でも好きにやっちゃって!」
食い物と燃やすことは決定なのか、とおもいつつ、紫苑はさっさと自分のリュックの中に茶封筒を押し込んだ。
土曜の夜中、いちど自宅に戻った際に、着替えを詰めてもってきたものだ。
いっしょに持ってきた里沙へやるイラストは、今もファイルの間に挟まれてリュックの中に納まっている。
それが、里沙が帰るまで待とうとおもっていた理由のひとつでもあった。




