『つぼみ』
「────なあ、チー。女だって、美味そうなケーキを見たら食いたいとおもうだろ。飛びつくやつと、自分から買いには行こうとしないやつ、いろいろだとしても、目の前にどうぞって出てきたらふつう、食うよな?」
こく、と千夜がうなずき返した。
「今のところ、俺には美味そうなケーキには見えてねーってだけだ。けど、ケーキだってことはわかってる……里沙だけじゃなく、おまえもな」
「杏ちゃんが、しーちゃんは紳士だって。それって、ダイエット中みたいなかんじ?」
「かもな。けど、ぜったい食わないわけじゃねーんだぞ。わかるだろ。ついつい食欲に負けちまうことだってある。それといっしょだ」
「せーよく? あるの?」
「人並みにはな。男はよく、スポーツやって発散させたりしてんだろ。俺は、絵を描くことに没頭してりゃ忘れる」
紫苑は、手を止め、じっと千夜を見た。
シーツのしわと、それを作りだす千夜の体の凹凸を、頭の中で重ね合わせる。
そしてまた、えんぴつを動かし始めた。
「俺は、好きな相手でも、そうじゃなくても、女の子は可能なかぎり大切にしたい。おまえらにも、大切にして欲しいとおもってる」
「しーちゃん……」
「だからほんとは、こういうことはさせたくない。──けど、描かせてくれてさんきゅーな、チー。俺のためにここまでしてくれんのはおまえだけだし、俺がぶっちゃけるのもおまえにだけだ。だからってべつに、ほかのやつらの前で格好つけてるわけでも、異性として意識してるわけでもない。ただの節度とか礼儀ってやつだ。誤解すんなよ」
「里沙に恋したりしない?」
紫苑はおもわず沈黙した。
しないしない、そう笑って言うだけでいいとわかってはいたが、紫苑はすなおな従妹に対して適当なことを言いたくはないとおもう。
「────未来のことまでは、俺にもわからねーよ。でも、里沙だからじゃない。確率はともかく、俺がおまえに恋するようになる可能性だってあるんだ。五年後、十年後、里沙よりきれいになってるかもしれないしな」
「しーちゃんのばか。そんなの無理だもん」
「どうして? おまえにだって、里沙とおなじだけ骨があって、すこしばかり筋肉とか脂肪の付き方がちがうだけだろ。でも、そんなのはいくらでも変わるもんだし、骨が正しい位置にあって、循環系が正しく機能していれば、女性のからだがきれいでないはずないんだ」
「えー、そうかなぁ」
「考えてみろ。動物でも、ゴリラとかダチョウとかヘビとか、美しさを決めるのは種の造形であって個体差なんていくらもない。人間だって、本来はそうなんじゃねーのか」
とたん、千夜が紫苑から身を退いた。
ごくわずかにではあったが、これまで、接近されるばかりで距離を置かれた試しはいちどたりともなかったのに、だ。
「……あのさぁ。しーちゃんにとって、ゴリラとかダチョウが美しい造形の動物なの?」
「えっ。いや、そーだな、セイウチとか、コモドドラゴンとかもな?」
「おかしい! しーちゃんの動物を見る目って、いったいどーなってんのぉ? ピエタのマリア様を見てなかったら、きっとお相撲さんの体を美しいとか言ってたよね?」
「……………………」
力士の体はまさに美しい肉体そのものじゃないか、と言いたかったが、千夜にどんな目で見られるかわからないので、紫苑はあやうく思い止まった。
紫苑は、画用紙に走らせていたえんぴつを止めると、いちどモデルと絵を見比べたのち、納得をして右下にサインと日付とタイトルを書き込んだ。
それから、ビリビリとスケッチブックから破り取り、千夜に差し出す。
「おまえにやる」
「…………『つぼみ』?」
「そのうち、きれいな花が咲きそうなつぼみだとおもわないか?」
「そーだね。ま、セイウチよりはね」
若草色のシーツにくるまれたまま、千夜はくったくのない笑みを咲かせてそう応じた。




