どきどき
「なんで里沙にこだわるんだ。言っとくけど、人間はルックスがすべてじゃねーぞ。あいつは笑うととんでもなくかわいいけど、めったに笑わねーで、ぷんぷん怒ってばかりだしな」
「……やっぱりかわいいとおもってるんだぁ」
「そりゃ、あれをかわいいとおもわない男なんていやしねー────」
くるりと振り向いた千夜が、胸を隠すのも忘れて、紫苑に枕を投げつけてくる。
「いてっ。なに怒ってんだ」
「ばかばか。里沙なんて好きになっちゃだめ! 里沙ってば、しーちゃんのこと受だとおもってるんだからね。押しに弱そうとか、女から襲うならアリとか言ってんだからー」
以前、秋美のヌードを描いているときに、面と向かってまさに里沙の口からそのようなことを言われた紫苑は、べつにおどろかなかった。
それが、よけいに千夜を怒らせたらしい。
枕でばしばしと叩かれ、たまらずスケッチブックを盾にする。
「血迷うな、チー。おまえ、俺があいつとどうにかなるとおもってんのか。なるわけねーだろ。あいつ、ヘテロな男は眼中にないって散々言ってんじゃねーか」
「しーちゃん、ばかでしょ。ヘテロじゃない男は、里沙のこと好きになったりしないんだよ。里沙は何だかんだいって男のひとが好きなんだから、恋愛するとしたらけっきょくはヘテロしかいないの!」
そう言われてみれば、そのとおりだ。
「けど、それと俺に、何の関係があるんだ」
「里沙がしーちゃんのこと好きになったらどーすんのっ」
「おまえこそアホなのか。世の中にどんだけ男がいるとおもってんだ。あいつならそれこそ、よりどりみどりだろーが。俺なんかで手を打つ必要がどこにある」
「しーちゃんはね、秋美くんみたいなイケメンと友だちだから、自分を過小評価してんの。あのパパさんとママさんの子どもだもん、ふつうにかっこいいよ。壁にドンッてされたら、里沙だって恋しちゃうかもしれないでしょ」
紫苑はあきれてため息をついた。
「おまえはマンガの読みすぎだ。そう言ってくれるのはうれしいけど、おまえのは、身内の贔屓目っていうんだよ。そんなこというなら、おまえだって里沙と比べるからいけねーんじゃねーか。ちゃんとふつうにかわいいのに。なにがそんなに不満なんだ?」
「だって…………しーちゃんが」
「俺が何だよ?」
「私に抱きつかれてもどきどきしないって言った。里沙にしがみつかれたときは、ニマニマしてよろこんでたくせにぃ」
もう、ため息も出ない。
紫苑は重みを増した頭を手で支えた。
「おまえは、男ってもんがわかってない。仮に、里沙にしがみつかれて俺がどきどきしてたら、すぐさま突き飛ばしてるか、床に押し倒してるかどっちかだ」
紫苑のことばにようやく危機感を持ったのか、千夜は下半身にまとわりつかせていたシーツを引っぱり上げて胸を隠す。
紫苑は、ついでにシーツで千夜の肩から背中までを覆ってしまう。
一枚の布にくるまれた少女は、まるで咲きかけた花のつぼみに見えて、それはそれで妙に愛らしかった。
投げ出した脚は、さしずめ萼だろうか。
紫苑は、えんぴつを拾い、そのすがたをすぐに新たな画用紙に描きとめにかかる。




