背中
「…………チー、おまえ。パンツ、ちゃんと穿いてるよな?」
右腕で胸のトップラインを隠した千夜が、する、ともう片手でシーツをおしりの上まで引き上げた。穿いてません、と言っているも同然で、紫苑はおもわず画用紙に顔を伏せてしまう。
「お、ま、え、なぁ」
「はっ、穿いてるよ。今どきね、穿いてなさげーに見えるのとか、いろいろあるのっ!」
いくら疑わしいからといって確認するわけにもいかず、紫苑は千夜のことばを信じるよりほかなかった。
「いいって言うまで、そのままでいろよ」
精いっぱい従妹がさらしてくれた女体を、紫苑はじっ、と観察する。
女体自体はまったく見たことがないわけではないが、写真などの平面でなく実物がそこにあるというのはやはりちがった。
紫苑はできるかぎり、凹凸と陰影を忠実に紙に描き出した。
電灯ではなく自然光の下で描けたらもっといいが、これ以上のぜいたくはとても言えない。
「ねえ、しーちゃん。きれいに描いてくれてる?」
「ああ、実物どおりにな」
「実物よりきれいに描いてよぉ」
「俺は目に見えるままを描きたいの」
「目に見えるままじゃ、きれいじゃないもん」
「この俺が、美しくないものなんて描くとおもってんのか?」
「…………わかってるよ。だから、美人のユーレイを夢中になって描いてたんだもんね」
紫苑は手を止め、立ち上がった。
千夜が近づく紫苑を見上げてくる。
「バカ、いいって言うまで動くなって言っただろ。──見てみろ。ちゃんときれいだろ?」
スケッチブックを顔の前に突きつけると、千夜がぱちとまたたく。
視線が紙面を撫で、それからふっと頬をほころばせた。
「うそつき。胸のとこ、そんなにでっぱってないでしょ」
「いいや。ちゃんと、影ができてる。俺はウソは描いてない。そのまま動くなよ、アングル変えるから。まあ、腕がきつかったら下ろしてもいいが」
「胸が丸見えになっちゃうよー」
くちびるをとがらせた千夜に、紫苑はおもわず噴き出した。
「やっぱり恥ずかしいのに無理してんじゃねーか。心配するな、後ろから描く気だから。横からも描きてーけど、あんまり長い時間おなじ姿勢だと疲れるよな」
「平気。しーちゃん描くの早いし、いつももっと長い間、おなじ姿勢で絵を描いてるもん。でも、あとで肩もんでね」
「そのくらいでいいなら、任せろ」
紫苑は千夜の頭をぽん、と撫でてからベッドの角を回り込んだ。
枕元の一辺だけを壁につけた配置なため、千夜を背後から描くのもそうむずかしいことではない。元々祖父母の寝室だった部屋は、十畳ほどと広いのが幸いした。
ベッドに片膝を上げるかたちで腰かけた紫苑は、一枚めくって膝の上に置いたスケッチブックいっぱいに、えんぴつを走らせる。
正面から同様、画用紙の半分ほどの大きさにおさめるつもりだったが、くぼんだ背骨のラインを見て、紫苑の気が変わったのだ。
描きながら、勝手に頬がほころんでくる。
千夜は、自分でも知らないにちがいない──
「まあ、背中に目はねーからな」
「へ? なんて言ったの?」
「自信もてよ。おまえ、十分きれいだぞ」
「…………でも、里沙とおんなじくらいじゃなきゃ、意味がないの!」
紫苑はおもわずえんぴつを止めた。




