肋骨と骨盤
「ちっ、チー! おまえナニして──」
「しー! しーちゃん、描くって約束したでしょ。黙って入って!」
ひとさし指を立てた千夜の肩には、いつもあるキャミソールのひもがない。
紫苑はぎくしゃくと、後ろ手にドアを閉めた。
そして、へたりと床に座り込む。
「おまえ……俺を犯罪者にしたいのか」
「犯罪じゃないもん。絵を描くだけだし、自分で脱いだんだし、他人でもないからいいの。前からやってあげるって言ってたでしょ」
「ヌードモデル、か?」
言った紫苑の頬がじわりと熱くなる。
相手は従妹だと、紫苑は自分に言い聞かせた。
「その、美人なユーレイみたいに大人じゃないし、スタイルも良くないけど。しーちゃんに、描いて欲しいんだもん!」
「──ばか。あのな、そんな、恥ずかしーですって書いた顔でシーツにぎりしめてるやつを描いたら、それだけで、芸術じゃなくわいせつな絵になっちまうんだよ」
「ど、どーせ、里沙みたいに自信もって見せらんないもん。しーちゃんだって、あんなふうに、手足が長くて、ほっそりしてて、でもちゃんと胸がある方がいいんでしょ」
紫苑はため息をついて立ち上がった。
ベッドに寄っていって手を伸ばせば、びくっと里沙よりいくぶん丸みのある肩が震える。
紫苑は、千夜の髪をやんわりと撫でた。
「いい、ってのはどういう意味だ? 美醜というなら、もちろんあいつはきれいだとおもう。モデルに、という意味なら、べつにどんな造形からでも美を引き出してこそ芸術だろ? ちなみに、俺個人の好みを聞いてるなら、……はっきり言って、あんなきれいなのは興奮するより緊張する、とおもう。まあ、もうすこし成長したらのはなしだけどな」
千夜は、何がおかしかったのか、ちょっと笑う。
その表情から、緊張が解けて流れた。
「…………胸、ちっちゃくてもいい?」
「触るのがかよ? それとも描く方か?」
「描くのに決まってんでしょぉ」
紫苑は声を立てて笑った。
「それなら、見せてもらえるだけでありがたい……けど、べつに無理することねーよ。そのままでいい。描きたいところだけ描く。恥ずかしそうな顔も、まあ、そこだけ描くぶんにはそれなりにかわいいかもな」
「それなりってナニ」
ふくれっ面から離れて、紫苑はスケッチブックを手に取り、床にあぐらを描いて座った。
まず、ギュウとシーツをにぎった手を描く。
たしかに、その下に胸のふくらみがあるようには見えないが、それでも男の胸とは見紛うべくもない。
「知ってるか、チー。男と女の骨格でいちばんちがうのは、骨盤だって。胸が仮にぺたんこでも、そうやっていくら隠していたとしてもな、腰つきに女らしさっていうのは必ず出てるもんなんだ。いや、出てくる……かな。まだ成長途中だしな、おまえは」
「胸、かんけーない?」
「まったく関係なくはねーけど。肋骨も、男とはだいぶちがうからな。肋骨と骨盤のちがいが、男にはないウエストのくびれを生むんだと。理論上は、胸がぺたんこでも、腰を反らせばたちまち女らしく見えるはずだ」
「へー、しーちゃん、ものしり」
「俺だって、ちゃんと大学で勉強して──」
紫苑はとちゅうでことばを忘れた。
千夜の手が、はらりとシーツから離れたからだ。
こう?と問いながら、シーツをまとった腰をくっと反らせる。
あらわになった胸に注目するのは避けたものの、紫苑はシーツが引っかかった骨盤のでっぱりも直視していいものやら迷った。




