三食、ヌードモデルつき
「おねがーい、しーちゃん」
またたく間に、やる気が喪失しかけた。
紫苑はもういちど、後ろ髪を掻き回す。
まあ、そうくるだろうことは部屋に上がる前から予想できていたが。
「これって、同人原稿だろ? 背景なんかわざわざ描く必要があるのか?」
「それがねー、一応、出版社からの依頼なの。創作系同人のアンソロジー本……っていうのかな。同人原稿サイズでオッケーていうからB4だけど、れっきとした商業誌!」
「だったらもっと前から原稿やってろよ」
「いろいろと不幸な事態が重なったの! しょーがないの! くわしい説明はあとでするから、とにかく明後日まで手伝って!」
「あ、さって…………だと?」
緊急だとかすぐにこいとか問答無用で呼びだしておいて、来たら来たで二日もここに居ろというのか。
紫苑は、とんだ横暴に開いた口がふさがらない。
「ふざけんなよ、チー! 誰が二日も、一銭にもならない原稿描きなんかするんだ」
「えー、タダでカワイイ女子高生たちとすごせるんだよ? うれしくないの?」
「………………べつに、うれしくない」
こともないケド……、と紫苑は心の中でこっそり付け加えた。
「ちゃんと、三食つけるから! 真名の手料理だよ! ね?」
「……………………」
ちら、と真名の顔を見ただけで、紫苑は沈黙をつらぬいた。
が、揺れる心は表情に現れていたかもしれない。
「あーとーねー、モデルやるから! ヌードモデル! しーちゃんのゲージツのために私たちが脱いであげるから、しーちゃんも私たちのためにひと肌脱いで!」
ぱく、と紫苑は口を開いた。
声を出そうとしたが、何といっていいのかわからない。
とりあえず、紫苑は千夜の両腕をつかんだ。
「ばっ。──それ……! た……たち?」
こともなげに千夜がうなずく。
「しーちゃんが作りたいのって人体彫刻なんでしょ。みんなも、えっちなマンガのためじゃなくてゲージツのためなら、いいよって」
ますます紫苑は蒼白になった。
初対面の美少女から『男なんか』と罵られるはずだ。
事前情報がいくらなんでも最悪すぎる。
いまだかつて、女子との出会いをここまで台無しにされたことはなかった。
見ず知らずの少女たちにヌードモデルを乞う男────芸大美術学部の学生という肩書がなければ、ただのヘンタイでしかない。
「だっ……!」
誰がいつヌードモデルをしてくれって頼んだんだー!と叫びたかったが、あの、とひかえめな声が聞こえて、紫苑は振り返った。
「私も、千夜といっしょにモデル、やります」
ちがうんだ、と言いたいのをこらえたとたんに、ごくりと喉が鳴る。
男とはなんと浅ましくあわれな生き物なのか、と紫苑の胸に絶望がわいた。