全面桜吹雪
紫苑の目は、服を着た人体の、服の下の肉体、さらには皮膚の下の骨や肉や筋までも詳細に見ようとしてしまうくせがある。
かつてミケランジェロは、カトリックの教義に背いてまでも人体の構造を把握するため、死体の解剖を行ったという。
しかし幸い、解剖図くらいはいつでもカラーで見られる現代だ。
紫苑の頭の中には、男女の人体骨格が完璧にたたき込まれており、空で描写することも可能だった。
紫苑にとってはあくまでも人体における造形美をとらえるための目だが、異性のからだを服の下まで見透かしてしまういやらしい目、と取られても仕方ない。
そして、紫苑がどこまで克明に人体を見てしまっているかは、そのスケッチブックに描かれたデッサンを見れば一目瞭然だと言ってよかった。
「──まあ、描けっていうなら描くけどな。ベッドにでも座ってくれ。ああ、その前に、えんぴつ削りあるか?」
「ないよ。リビングにある。ついでに、おみそ汁温めて飲んできて。飲んだら戻ってきてね。すぐだからね、すぐ」
スケッチブックを取り上げたままの千夜に、紫苑は部屋から追い出されてしまった。
仕方なく、みそ汁が載ったおぼんと、えんぴつの束を手にリビングダイニングへ戻る。
ダイニングテーブルに座っていた真名が、紫苑が持ったおぼんに気づいて椅子を立った。
温めに行ってくれたので、紫苑はパソコン机に歩み寄り、あたりを見回した。
「えんぴつ削り、あるか?」
「ありますよん。右の奥の方、千夜ちんの小学校時代からの愛用品。ハンドルつきの」
「ああ、あった。さんきゅー杏」
ローテーブルについている杏が、にこっと笑ったあと、すぐに首をかしげてみせる。
「千夜ちんはどうしたの?」
「あー……えっと、しばらく借りていいか。モデルやってもらう」
「どうぞ? ま、あとで、紫苑くんにもペン入れ手伝ってもらいますけどねー」
「マジか。──そうだ、どっかに桜のシーンがあったよな。ああいうのなら描いてもいい」
と、杏がメガネに手をやって紫苑をしみじみと見つめてきた。
「うっわ、アリエナイ。あの全面桜吹雪? あれを描こうとか……今まで嫁にするなら真名ちんとおもってたけど、紫苑くんとの方が私、いろいろ補い合ってうまくやれそう」
にっこりとほほえまれ、紫苑はどこからどう突っ込んでいいものやらわからなかった。
冗談に決まってるので、紫苑はてきとうに笑い返して、えんぴつを削ってしまう。
真名はテーブルの上の原稿を片づけようとしてくれたが、ペン入れ真っ最中の里沙の手前、紫苑は湯気の立つみそ汁をダイニングで立ったまま飲んだ。
それから、千夜の部屋へと引き返し、閉まっているドアをこつんとノックする。
「チー、入るぞ」
うん、となぜか緊張した声が返ってきた。
ノブを回して引けば、ベッドの上にちょこんと座る千夜が目に入る。
むき出しの肩や投げ出した太ももはまあ見慣れたものだったが、胸に引き寄せた薄手の若草色のシーツが違和感を醸しだしていた。




