寝落ち
「おまえは自分でおもってるより、ずっとすごいよ。そもそも、チーがここにいるのは、おまえといっしょにやるためだろ。里沙と出会っても、それでもおまえのところに戻ってきたんだ。あいつにとって、おまえの何がそんなにかけがえのないものなのか、考えてみろ。べつに、上手い料理を作ってくれるからでも、怠けたら叱ってくれるからでもないとおもうぞ」
紫苑は笑って真名の頭をぽんぽんと撫でると、パソコン机から離れた。
「わからないことがあったら呼んでくれ。ちょっと、向こうの原稿を見てるから」
ダイニングテーブルを指さした紫苑に、真名があいまいにうなずき返す。
これまで、紫苑は女性向け同人誌のマンガを自分が見ても仕方ないとおもい、二冊分で軽く百枚以上もある描きかけの原稿を順序立てて読もうとはしなかった。
すでに部分的には原稿を見ているのでどういうカップリングなのかも把握はしているが、ひと言で言えばいわゆるホモで、里沙いわくヘテロである紫苑に興味が湧こうはずもない。
けれど、真名のはなしを聞いて、そのストーリーというものににわかに興味が湧いてきた。
読者のウケまでわかるはずもないが、一応、原作を知る紫苑が見れば何をどう表現しているかくらいはわかるだろう。
例えオリジナルではなくとも、何かしら訴えるものがあってこそ表現者としての可能性があると言える──
紫苑にも、その見極めくらいはできるはずだった。
しかし、紫苑がおもっていた以上に、ダイニングテーブルとリビングのローテーブルとその周辺に散り散りになっている原稿から一冊分を取捨してページ順に読み進めるというのは骨が折れることだった。
かといって、勝手に原稿を移動させてしまうと、四人で分担している作業に支障をきたしてしまうことは目に見えている。
立ったり、座ったり、移動したり、重なった原稿用紙をめくったりしながら、紫苑はこちらはほとんど人物のペン入れが終わり、仕上げの段階に入っている方のマンガを三十枚ほど読んだ。
とちゅうから、これを読み進めていくといずれ紫苑がカケアミをやらされたシーンにつながっていくのだろうとも見当がついていたが、なかなか複雑に絡み合うキャラクターの心情──恋愛感情だというのが紫苑には今ひとつ理解しかねるが──は原作ではあまり描かれない前世の因縁もはらみ、見方によってはいっそ国家規模の愛憎劇のようで、紫苑にも十二分に興味深い。
もしこれが女性軍がらみで描かれていたなら、紫苑はイベントに出かけて行ってお金を払って本を買ってもいいとさえおもう。
短いサイドストーリーをはさみながら進む大きなストーリーの決着もそれなりに気になるが、紫苑としてはもう一冊の内容も気にかかる。
おそらくは、里沙の好み云々というのは、西行こと義清をメインにしたとおぼしきもう一冊の方にちがいない。
だとしたら、そちらの方が売れることを意識した杏の手は加えられておらず、真名が考えたストーリーそのままに近いのではないか、とおもうからだ。
床に膝をついてまた一枚原稿を読み、立ち上がろうとしたところで紫苑はふと、パソコン机に向かったまま何の音沙汰もない真名を不審におもった。
「────げっ」
見れば、キーボードを避けて、マウスを両腕の中に抱き込むかたちでこてんと眠り込んでいる。
いったいいつからなのか紫苑にはさっぱりだが、すでに完全に寝入ってしまっているとしたら、起こしてベッドに行かせるというのも忍びない。




