おねがい
「てか、いつからここは女子高生のたまり場になった? じーちゃんとばーちゃんは?」
紫苑に見下ろされ、ぱちくりと千夜がまたたく。
ベランダ狭しと置かれていた鉢植えもすべてなくなっている。
すでに、祖父母がここに住んでいないことは、紫苑も悟らざるを得ない。
「しーちゃん、知らないの? 二年前に、じーちゃんたち、野菜づくりしながら実家でのんびり暮らすって引っ越したんだよ」
「……二年前?」
紫苑が、塾だ絵画教室だと大学受験に向けて忙しかったころだ。
「じゃあここ、それからおまえが住んでるのか? 伯父さんたち、まだ東京だよな?」
「うん。高校に入ったら、こっち戻ってアパート借りる約束だったからね。それならここに住めって。ここならセキュリティも心配ないし、隣近所もパパたちとは顔見知りだから」
中学のとちゅうで東京に引っ越すことになったとき、泣いて嫌がり、ついには家出騒動まで起こしたことは、紫苑もよく知っている。
三回目の家出先は、なにを隠そう紫苑の家だったからだ。
そのとき、紫苑の胸にすがりついて、友だちと離れるのが嫌だ、と千夜は涙ながらに訴えた。
その友だちというのが、真名だったのだろう。
紫苑がおもうに、一回目と二回目の家出先は、この祖父母の家と真名の家だったのかもしれない。
紫苑はだまされた気分で、後ろ髪を掻き回した。
知ってたら、ノコノコやってきたりしなかったのに、とおもう。
断じてヘテロだが、そうおもう。
もちろん、母親は知っていたのだ。
だから、冷し中華の麺などというどこにでもあるものをきゅうりつきで持たせたりしたのだろう。
「で、ここに俺を呼んだ理由は……?」
もはや愚問だったが、それでも一応、紫苑は訊いてみた。
と、千夜が両手をパン、と合わせる。
その指には、今もGペンの先を差し込んだつけペンがにぎられていた。
つけペンは、マンガの原稿描きに用いられる。
ちなみに、黒いペン軸はかつて紫苑が千夜にやった──強奪されたともいう──ものにちがいない。
「原稿描くの、手伝ってぇ」
「いつまでにどれだけ描くのか知らねーけど、これだけ居れば人手は足りてるだろ」
言いながら、紫苑は床に散らばる原稿用紙を見回した。
テーブルの上と合わせて、枚数はざっと二十枚。
全体的に白いが、少なくとも下書きは終わっている。
と、ぎゅ、と紫苑のTシャツの背中がつかまれた。
ドキン、と心臓が跳ねる。
「お願いします、紫苑さん。明日明後日と、里沙ちゃんはアシスタントに行っちゃって。トーン貼りくらいなら私でもできますけど、背景を描くのはまだまだ遅くって、とても枚数はこなせないんです。だから──」
振り返った肩越しに、小柄な真名の頭が見えた。
前髪からのぞく、うるんだ瞳も。