恋人から電話
一応、ドアのカギをかけてから、紫苑はカゴの中にタオルを放り込み、Tシャツのすそに交叉した手をかけ一気に持ちあげる。
そして、ジーンズのボタンを外したところで、紫苑はリビングにサイフ入りのリュックとともにケータイを放置してきたことに気づいた。
若干、気にはなったが、いちばん油断ならない千夜がすでに寝てしまっているので、紫苑はべつに問題ないはずだと自分に言い聞かせた。
ところが、シャワーを浴びてリビングに戻ってみると、見覚えのあるケータイがなぜかダイニングテーブルの上に載っている。
ストラップも何もない黒いガラケーは、どう考えても紫苑のものにちがいなかった。
「……おい、それ、俺のだよな?」
そばに座っていた里沙が、ちら、と顔を上げる。
「恋人から電話。あんまりしつこいから、代わりに出てやったの!」
「こいびと──?」
そんなものが自分にいたなんて、紫苑はまったく知らなかった。
里沙が、ぱさりと長い髪を払う。
「寝る前に声が聞きたいから電話してくれー、だって。ちゃんと伝えたからね?」
「………………それ、秋美のやつか」
紫苑はおもわず頭を抱えた。
目の前にいれば蹴りのひとつも入れてやるが、いないものは蹴りようがない。
そもそも、頼みごとがあるとメールをしたのは紫苑の方だ。
「ねえ。杏の絵でお金借りるって、あのひとにでしょ? 頼んでみたら、いいよだって」
とっさに、紫苑は里沙の肩をつかんだ。
お風呂のあとだからか、今日は薄手のカーディガンを羽織っている。
「よりによって、おまえが頼んだのか?」
「そうだよ。だって、私のせいで借りるんだもん。あんたが頼む方がおかしいじゃない」
「そういうことを言ってるんじゃない。男にほいほい借りなんか作るなって言ってるんだ」
「はあ? それって、あんたを間に挟んだっておなじことでしょ? 自分が恩を着せられなくなるから言ってんの?」
紫苑はいっしゅんにぎりかけたこぶしを解いて、ぐしゃぐしゃと濡れた前髪を掻き回した。
そこにいるのが千夜だったらぱしん、と頬をひっぱたくくらいはしたかもしれない。
そのくらい頭にきたが、たった一週間前に出会ったばかりの赤の他人に、自分のきもちをわかれというのも勝手なはなしだ、そう自分を無理やり納得させる。
と、汗でわずかに湿っているTシャツの背中を、つんと誰かに引かれた。
「ごめんね、紫苑くん。私がよけいなこと言っちゃったかなー。私は面識ないから頼みづらくって。でも、お金のことだから、紫苑くんに甘えっぱなしなのもどうかなーと」
「杏……」
「紫苑くんの友だちだからーって、たしかに安易に考えてたかも。ごめんなさい。やっぱり、この件はなかったことにしたほうがいい、かな?」
神妙な面持ちで、杏は両手を合わせて紫苑を見上げている。
紫苑は杏に向き直ってから、ちら、と椅子に座る里沙を見た。
「────いや、まあ、あいつは女の子に無体を働くようなやつじゃないから。けど、おまえら、ぜったい大丈夫だって言い切れるほどあいつを知らないだろってはなしだ。……ただな、頼むから、里沙とふたりっきりで金をやりとりさせるような真似はするなよ、杏」
杏が二度、うなずき返す。




