美少女と巨乳眼鏡
十畳ほどのリビングはそのままダイニング、キッチンへもつながっていて、白壁の広々とした空間には見知った家具が置かれていた。
が──
「みてみて、従兄のしーちゃんでーす!」
リビングのローテーブルとパソコン机からそれぞれ振り返った顔は、祖父母のものなどではなかった。
ひとりはなんでこんなところにとおどろくほどの美貌の持ち主、もうひとりは顔よりもつい胸元に目がいってしまう、いずれも、千夜と同世代の少女にしか見えない。
そのときになって、紫苑はようやく異変を悟り、部屋の中を見回した。
──と、目に入ったものに、内心青くなり、顔だけは盛大に赤くする。
「おい、チー……!! なんだアレ、あんなもん部屋の中に堂々と干すなっ!」
ピンクやら薄ピンクやら赤やら白やら、レースやらフリルやらリボンやら────およそ紫苑には正視し難いフォルムの布製品が、エアコンの風に揺らいでいた。
「だって、ここ二階だよぉ。外に干してたら、下着どろぼうに持ってかれちゃう。あの白いレースのとか、高かったの。お気に入りなんだからね」
そんなの聞いてねえ、と紫苑は心の中で叫んだ。
しかも、千夜のものだけならいざしらず、ひとり分にしては数が多すぎる……ような気がする。
紫苑は、それ以上考えるのはやめにした。
「帰る……!」
「だから、ダメだってばぁ」
「だったら、せめてべつの部屋に干してくれ」
紫苑の懇願に、わかったよぉ、と千夜がふてくされた声を出す。
すみません、すぐに移しますから、と恥ずかしそうに謝ってくれたのは真名だった。
「従兄くんは初でカワイイですなー」
ローテーブルにほおづえをついてにんまりと笑ったのは、胸元にソフトボール大のふくらみがふたつある、セルフレームのメガネをかけた少女だった。
「つーか、男なんか呼ぶからよけいな手間が増えんじゃん! 女の部屋にノコノコくるなんて、ヘテロでしょ? ぜったいヘテロだよね。ヘテロなんてお呼びじゃねーのよ!」
ペンタブレットのペン先を紫苑に向けて、端正な顔の美少女がなぜか敵意にも似たものを投げつけてくる。
紫苑はたじろいだ。
「……おい、チー。ヘテロってなに?」
「うーん。ノンケなひと? つまり、ホモじゃなくて、女が好きな男、じゃないの」
紫苑はあぜんとした。
ごくふつうの健康的な男子である、という理由で差別されたのは生まれてはじめてだった。
同時に、性差別とはかくも理不尽なものなのか、と紫苑はおもい知らされる。
女の子が好きなのも、美少女を見ればとくべつに胸がときめくのも、やめろと言われてやめられるようなものではない。
べつに好色なきもちで相手を見たつもりはなかったが、紫苑は彼女をなるべく見ないようにしよう、とおもった。
できることならこのまままわれ右をして帰りたいが、下着を干したパラソルハンガーを移動させていく真名の手前、それもできない。