処女作
「ところで、チー。おまえ、しばらく下絵を描いてるよな。俺がやったペン軸、ちょっと貸せ」
「えー。貸すだけだよ? 返さないからね。で、何につかうの?」
つけペンに、墨で絵を描く以外、どんな用途があるというのか。
紫苑は里沙を振り返った。
「あいつに絵を描いてやるんだよ。おまえにやった絵みたいに、パースをきかせたやつ。それ見てパースの勉強する気になれば、俺が目の前に現れたのだって、すこしはあいつにとってプラスになるじゃねーか」
とたん、千夜にTシャツの胸をむんずとつかまれる。
「しーちゃん、やっぱ、里沙が好きなの?」
「なんでそうなる。それより、あいつは誰の絵を描けばよろこぶんだ?」
「ふーんだ。おしえなーい」
「チー!」
「じゃあ、あたらしく描く絵、私にちょーだい。昔のやつを里沙にやるから」
「却下」
「なーんでぇ?」
食い下がる千夜のグラスが揺れて、危うく中身が紫苑の服にかかりそうになった。
「なんでって……あれは、俺が初めてパースを使って描いた絵だ。この先、いくら描いても、初めてはあれひとつっきりしかないんだぞ。……だから、おまえが持ってろ」
自分で言っていて、何が『だから』なのか、よくわからなかった。が、千夜はコクンと紫苑にうなずいてみせる。
「しーちゃんの初めては、私のものー」
──と節をつけて歌ったところに、運悪く真名が戻ってきた。
膝に乗り上げんばかりの千夜の体勢といい、妙な歌詞といい、真名が戸口で固まるのも道理だ。
紫苑は、あわてて手を振った。
「誤解すんなよ、真名。絵の話だ、俺の描いた絵の」
「ねえ千夜、明後日の夜までに、ペン入れに入れる? 杏ちゃんがきたらまた修羅場でしょ。部数は分けることになっても、二十パーセント割引に間に合わせなきゃ印刷代払えない、って杏ちゃんのお達し、忘れた?」
「う。忘れてないけどぉ……」
目を泳がせる千夜の前に回り込んで、真名はこわい顔をする。
「また、いざとなったら紫苑さんを頼ればいいとかおもってるんでしょ? 紫苑さんはやさしいから、困ってたら何だかんだ言って助けてくれる、って。でも、千夜を助けるのは私たちで、千夜は私たちを引っぱってかなくちゃいけないの。ちゃんとわかってる?」
紫苑は、もしかして四人組のリーダー格は千夜なのか、とあぜんとした。
たしかにここは千夜の家だし、杏はどうかしらないが、真名と里沙に関して言えば、ふたりを引き合わせたのは千夜だと推測できる。
「自分でベストを尽くさないで、ひとの好意をあてにするなんて卑怯だよ。そんなんでほんとうに困ったとき、何て言うの? いっしょうけんめいがんばったけど、無理そう? ──それはウソだよ。ウソだって、紫苑さんにわかっちゃうよ。ウソつきって紫苑さんにおもわれてもいいの、千夜?」
我知らず、紫苑の方が姿勢を正しそうになった。




