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従妹とその親友

駅から七、八分歩いたところで、紫苑は十一階建てのすらりとしたマンションの前に立っていた。

ワンフロアに三、四戸といった大きさだが、アパートと呼ぶほど安っぽい作りでもない。

記憶では、お向かいには産婦人科医院があったはずだが、月極の駐車場になっている。

ちなみに、紫苑が生まれたのはその医院でだったと聞いた。


マンションの入口は、オートロックになっている。

紫苑は、メモを見ながら部屋番号を押した。

すぐに、スピーカーからもしもしと声が返る。


「チー、俺。きたぞ」


今開けます、と応じた声になにか違和感を感じたが、すぐにガラス戸が開いたので、紫苑は考えるのをやめて中に入った。

ちょっとばかばかしいとおもいながらも、階段の場所がわからないのでとりあえず目の前のエレベーターに乗りこむ。

すぐに、目的の階に着いた。

エレベーターから下りた瞬間、見えた景色にふとなつかしさがわく。

ポーチにあった花の植木鉢は消えていたが、いちばん右が祖父母の暮らす部屋だったことはちゃんとおぼえていた。


呼び鈴を押そうかとおもったが、先に戸がすこし開いてることに気づいた。

なにやら女子の会話が隙間から洩れ聞こえてくる。

テレビの音だろうか。

だとすれば、テレビが故障したわけでもないらしい。

首をひねりながら、紫苑は戸を引いた。


「こんばんわー、紫苑だけどー」


ほいほーい、と実に能天気な声が返る。

廊下の先の戸が開いて、ひょっこりと従妹の千夜が顔をのぞかせた。

……なぜか、床に置かれた生首のごとく、這う格好で。


「おー、しーちゃん! ひさしぶり、にゃ!」


すちゃ、と頭より高い位置に掲げてみせた手を見て、紫苑はそこはかとなく嫌な予感がした。

紫苑の視線を受けて、千夜はとたんにマズイという顔をしてその手を──正確には指ににぎったままだったものを──引っ込める。


「チー…………俺、帰っていいか?」

「えー、ダメダメ! ダメだよぉ。──ね、帰るって言ってる。止めて!」


千夜が背後に声をかけるなり、大きく戸が開いた。

てっきり、祖母の顔が出てくるのだとおもった紫苑は、現れた顔を見ておもわず息を呑む。

たとえ五十才若返ったとしても、あの祖母ではこうはならない。


「待ってください、紫苑さん!」


きゅっ、と胸の前でにぎられた手は、白く、やわらかそうだった。

黒目がちの瞳にまっすぐ見つめられ、踵を返せる男がこの世にいるだろうか。

彼女が一歩踏み出すと、膝上で薄手の布地が揺れ、腰の高い位置からゆがんだ影をつくる。

肌にまとわりつくようなパステルグリーンのワンピースは、その下に隠れた肌の白ささえもうかがわせるほど淡い色をしていた。


「しーちゃん、おぼえてる? 親友の真名まな


こんなかわいい子が従妹の友だちにいるなんて記憶は、まったくない。

……ただ、千夜にはいっしょに互いの祖父母の家に泊まりに行くほど仲良しの友だちがいたことは、紫苑も知っている。

一、二度、顔を合わせたこともあったはずだ。


「小学生のときから、チーといっしょの?」


はい、とほほえみが返る。

さっきスピーカー越しに聞いた声は彼女のものだ、と遅ればせながら気がついた。

千夜は、紫苑に『開けます』なんて丁寧語を使ったりはしない。


「泊まりにきてるの?」

「ええと、……はい、まあ」


あいまいにうなずいた真名のすがたをもういちど見て、紫苑はスニーカーを脱いだ。

手に持っていた紙袋をつい、と突き出す。


「これ、おふくろから。チー、おまえによろしくって言ってたぞ」


玄関を上がった紫苑を、立ち上がった千夜が満面の笑みで迎えた。


「おーっ、ありがとー! って、きゅうり? あっ、食料だぁ。やったね、真名!」


受けとった紙袋を真名に渡し、千夜は逃がすもんかとばかりに両手で紫苑の腕をつかんだ。

簡単に振りほどいてしまえるていどの力だったが、紫苑はおとなしく引っぱられるままにリビングへの戸をくぐる。




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