帰宅
「里沙、言っとくけどこいつの本業、マンガ家志望なんかじゃねーんだよ」
フローリングについていた長い髪の先がもちあがり、里沙が紫苑の方を向く。
と、同時に、インターフォンらしき音が鳴った。
今度こそ千夜にちがいない。
応対に立ち上がった里沙を見てから、紫苑は秋美に向かって手を払う。
「秋美、服着ろ!」
「いいわけ? まだ、彼女も描いてるとちゅう──」
「いいから、頼む。チーに裸なんか見せるな」
言ったあと、紫苑はその自分の心理に困惑した。
どうやら、里沙よりもだいぶ従妹の方が子どもにおもえているらしい、と自覚する。
ついこの間までランドセルを背負っていた気がするのだから、無理もないが。
「……おまえ、そんなに従妹がかわいいの? そうでなきゃ、徹夜なんかしないかー」
ジーンズに脚を通しながら、秋美がからかいの目を向けてくる。
ちがう、と言おうとしたが、お互いひとりっ子同士、妹のような存在だと言えないこともない、とおもい直す。
秋美がTシャツに両腕を通したころ、たっだいまー、と玄関から元気な声がした。
「あー、しーちゃんまだいる! でかした!」
パタパタと廊下を駆ける足音のあと、リビングの戸が開く。
現れた千夜が着ているのも、里沙のそれとまったくおなじ紺襟のセーラー服だったが、印象がだいぶちがった。
里沙が着ていると学園ドラマの衣装のようにおもえたのに、千夜が着ると、何の変哲もないその辺の高校の制服、そのままだ。
紫苑は、従妹に対してわずかながら哀れみをおぼえた。
「チー、おかえり。……ええと、その制服すがた、ちょっとだけ賢く見えるぞ」
「あー、里沙に追試受けてるって聞いたな?」
やぶへびだった、と紫苑はおもったが、千夜は戸のガラスに自分のすがたを映して、まんざらでもなさそうな顔をしている。
と、千夜の向こうからひょっこりと真名も顔を覗かせた。
「あっ、紫苑さん。よかった……まだいたね、千夜」
「うん。って、ちょーっと! 里沙、原稿送ってくれてないじゃーん!」
「あ、忘れ…………こほん。ついさっき帰ってきたの、私も。ね、ねっ、紫苑?」
「あー、うん、そうだな──」
応じながら、紫苑はさりげなく里沙の描きかけの画用紙をスケッチブックの間に挟んで隠した。
真名はそれに気づいたようだったが、リビングのローテーブルに置かれた原稿に一目散だった千夜には気づかれずに済む。
真名が、そっとほほえみを投げた。
やさしいですね、と無言のうちに言われた気がして、紫苑はどきっとしてしまう。




