セミヌードデッサン
「で、そっちは、誰?」
「こいつは、俺のダチで、松田秋美。今日、モデルやってもらう約束だったのに、こいつから電話がくるまで、ここで寝こけていてだな──」
「知ってるよ。今朝、私が帰ってきたとき、あんた千夜のベッドで寝てたもん。五時までかかってひとりで原稿を仕上げてくれたってのも、千夜に聞いた。せっかく早起きしたのにもうやることなかったー、って。学校から帰ってくるまでいて欲しいっていうから、鍵おきっぱなしにして、やること置いて行ったらって私が言ったの」
「カケアミならやったけどな。頼むから、シーンをえらんでくれ」
ダイニングテーブルに向かってあごをしゃくった紫苑に、里沙が小さく吹き出す。
笑うと、里沙は無表情のときの百倍かわいかった。
紫苑は、ちらりと秋美を見やる。
案の定、彼は目の前の美少女にすっかり心をうばわれたような顔をしていた。
テーブルに歩み寄った里沙が、取り上げた原稿をひらりと振る。
「ヘテロなくせに、こーいう絵でも平気なんだ? 意外に使えるね、紫苑」
呼び捨てかよ、とおもったが、よく考えたら、紫苑も里沙を呼び捨てにしてるので、ひとのことは言えない。
「あのな、一応こいつのこと、チーにはメールしたんだぞ。そしたらここに来てもらえばっていうから。スケブも、あるやつを使っていいって言うし」
「……べつにいいよ。女の子を部屋に呼んでいちゃついてたらさすがに引くけど。男同士なら、全然問題ない」
紫苑は、秋美と交互に意味ありげな視線でなぶられ、内心冷や汗をかいた。
こいつはただのダチだ、と改めて主張したかったが、むきになって否定する方があやしいだの何だのとつけ込まれそうなので、やめておく。
「とにかく、俺、もう帰っていいよな?」
「ダメ!」
「は? なんで?」
原稿はもう完成している。
紫苑を引き止めておく理由があるとはおもえない。
と、紫苑から里沙の視線がつ、と流れた。
「私も描く」
目を向けられた秋美が、きょとん、という目をして自分の顔を指さす。
里沙はうなずいた。
「千夜が描く男の方が、みんなにかっこいいって言われるの。デッサン力の差だってわかってんだ……だから、私にも描かせて」
「じゃあ、ズボンは穿いた方がいいよな?」
言ったとたん、紫苑はじろりとにらまれた。
「ダメ。そんなの意味ないじゃん。そのままでいい」
オッケー、と床に衣服をまいて気楽な調子で応じる秋美に、紫苑は慌てて近寄り、声をひそめる。
「おまえ、大丈夫かよ?」
「えー、へーきへーき。彼女、腐女子じゃん? もーしやばくなったら、紫苑に見つめられてドキドキしちゃったーって誤魔化すから」
そんなシャレにならない誤魔化し方はやめてくれー、と紫苑は心から叫びたかった。
紫苑はただマンガが好きなだけの一般人だが、秋美は胸のあたりまでとっぷりと二次元の湯に浸かった自称オタクだ。
オタク女子の生態など承知の上だとおもっているのが見てとれる。




