男二人と腐女子
紫苑はすっかり忘れていたのだが、月曜日の午前中といえば、仕事がオフの秋美にモデルをしてくれるよう頼んでいたのだった。
本当は、恥ずかしげもなく披露してくれるオールヌードをデッサンさせてもらう約束ではあったが、いくら学校に行っているとはいえ、女子高生の住む部屋で男を全裸にさせるわけにもいかず、紫苑はしぶしぶパンツ一枚は身につけたすがたで手を打った。
それだって、骨盤や大殿筋がいまいち隠れるというだけで、それ以外の骨格や筋肉の隆起を描写するのには差し支えない。
当然、他にも隠れる部分はあったが、そこは見えていてもまじめに描くのは躊躇われるため、隠れてくれていた方がむしろ安心できる。
「いいなー、紫苑。女子高生と徹夜で原稿描き……男があこがれるシチュエーションだよなー」
どこがだ、と紫苑はおもった。
徹夜したのは紫苑だけであって、千夜はやはり日付が変わって間もなくソファに転がったし、紫苑だって原稿など放っておいて家に帰って今日こそゆっくり眠りたいと心の底からおもっていたが、真名が徹夜で描く、それでも終わらなければ学校を休んででも、と言い出したのを見るに見かねて引き受けた──というのが正しい。
「男じゃなくて、オタクだけがあこがれるシチュエーション、のまちがいだろ」
「男は、みんなオタクみたいなもんだって」
そのことばに、紫苑は反論できなかった。
この数日、ちょっとした拍子に、女子高生のすがたや仕草にどきっとさせられた記憶があまりに鮮明すぎて、マンガやアニメやアイドルなどになぜああも制服すがたの少女たちが氾濫しているのか、理解不能だ──などとは紫苑にはとても言えなかったからだ。
「秋美。次、体ごと向こう向いてくれ」
スケッチブックのページをぱらり、とめくったときだった。
ガチャ、と玄関のドアが開く音がする。
えっ、とおもって紫苑は壁の時計を見た。
まだ、一時前だというのに、もう千夜が帰ってきたのだろうか。
「おい、服着ろ」
見回せば、秋美が脱いだTシャツとジーンズはソファの上だ。
紫苑が慌てて取ろうと床を這った瞬間、リビングの戸が開いた。
「なっ…………?」
ドサ、と肩から紺色のセカンドバッグを落として、短めのスカートからすらりとした美脚をのぞかせた美少女が、あっけにとられた顔をしている。
てっきり従妹だとおもっていたが、考えてみれば千夜は部屋の鍵を置いて行ったのだった。
インターフォンも鳴らさず、入って来られるわけがない。
紫苑は、わしづかんだジーンズを秋美に投げつけた。
「里沙、すぐ出てくから落ち着け──」
Tシャツも放ってから里沙に向き直ると、じろじろと見下ろされる。
なぜおまえは服を着ているのか、と問い詰められている気がしたのは、紫苑の気のせいだろうか。
「……これからするとこ? したあと?」
なにをだ!と問いたかったが、答えられても困るので問うのはやめた。
と、服をぶつけられたままの姿勢で、秋美がぱたぱたと右手を振る。
井戸端会議を誘うおばちゃんのようなしぐさだった。
「紫苑、紫苑。この子が、おまえの従妹? 似てねー、超似てねーんだけどッ!」
はたしてどちらに対し、何から説明すればいいものやら。
紫苑は、がしがしと頭を掻きむしった。
「里沙、おかえり。で、おまえ、学校は?」
紺襟のセーラー服はどう見ても制服すがただったが、紫苑は話を整理するためにも、あえて自分の疑問から解消することにした。
「行ったよ。今、短縮授業で昼までなの。千夜は、古典の追試だって」
追試かよ……、と紫苑はおもわずうなだれた。




