祖父母宅へ
風呂場を出た紫苑は電話の子機をキッチンのカウンターに戻してから、リビングで奇怪な体操に励んでいる母親に声をかけた。
ちなみに、父親はまだ帰宅していない。
「あのさー。じーちゃん家って、駅からどう行くんだっけ?」
「エッ……ああ、マンションの方ね? 駅から…………山手に向かって行って、大通りに出たら左手に見える室内プールの角で曲がって、まっすぐ一分くらいじゃなかった?」
「大通りの、室内プールの角だな。いちおう、住所おしえといてくれる?」
ハイハイと応じながら、母親が寝室へと消える。
紫苑も自室に行ってジーンズに穿き替えると、サイフと携帯電話をポケットに押し込んで部屋を出た。
今どきめずらしいガラケーというやつなので、道案内も頼めず、こういうときにはやや不便だ。
「チーちゃん、何だって?」
「それが、さっぱりわからん。とりあえず来いっていうから行ってくる」
「そう。じゃあ……」
住所が書いてあるメモを紫苑に渡し、言いかけたまま母親はなぜかキッチンへと向かう。
「あ──良かった、冷し中華の麺を買っといたのがあるわ。これ持っていってあげてちょうだい。焼き豚ときゅうりもあるから!」
はい、と手早く紙袋に詰めた食材を差し出され、紫苑は受けとるのをためらった。
「そんなもん、持っていってどうす──」
「つべこべ言わないの! 紫苑は、ママの顔に小じわを作らせたいのかしら? せっかくママが毎日毎日努力してこんなに──」
とちゅうで紫苑は紙袋をひったくって背中を向けた。
「行ってきます!」
車に気をつけてね、とまるで小学生の息子を送り出すようなことばを返してきた母親の声は、どことなく笑っている。
「チーちゃんによろしく!」
おじいちゃんとおばあちゃんによろしく、とは言わなかったことを、そのときの紫苑は完全に聞き流してしまっていた。