深夜の少女
日曜の午前二時、紫苑はペンにインクを付けようとおもったタイミングで、里沙に借りたペン軸をとん、とテーブルの上に置いた。
椅子から腰を浮かして、黒髪の向こうの肩にそっと触れる。
「真名、ちゃん…………ここで寝るな。ベッドに行って寝てきな」
ゆるりと舟をこいでいた頭が、ぴた、と止まった。
それから、ぱちぱちとまばたきながらややうるんだ黒瞳が紫苑の方を見る。
「……あ。ごめ、ごめんなさい」
「杏も眠りに行ったし、無理しないで寝ておいで。まだ明日もあるし」
真名が、首を振った。
ちなみに、千夜は日付が変わる前にさっさと自分の部屋に行ってしまった。
「だいじょうぶです。修羅場に徹夜はつきものですから。私、みんなより描くのが遅いし、できることも少ないんだから、その分、時間くらい長くやらないと──」
トーンカッターをにぎり直そうとした手を、紫苑はつかんだ。
体が眠りモードに入っているのだろう。
ぽお、と子どものようにあたたかい手をしている。
「面倒めんどう言って、隙あらば俺に描くの押しつけようとしてくるチーよりも、料理つくったり、食器かたづけたり、風呂掃除したり、君のほうがよっぽど働いてるだろ。そういう作業もぜんぶ入れて、四人での分業制なんじゃないのか?」
真名は、もういちど首を振った。
けれど、紫苑には、寝ぼけた子どもが嫌々をしているようにしか見えない。
かわいいが、たぶん思考は半分眠ってしまっているのだろう。
「がん、ばらないと、私……」
と言ってる側から、ふうっとまぶたが下りてくる。
そのまま放っておくとテーブルに伏せて寝てしまいそうだとおもって、紫苑は取ったままの手を揺り動かした。
相手が千夜だったら大して気にもならないだろうが、すぐ目の前にかわいらしい少女の無防備な寝顔があるというのは、紫苑にとって非常に原稿に集中しづらいという事情がある。
「十分、頑張ったよ。この窓も、こっちのドアも、あと、この複雑な港のドックも、ぜんぶ君が描いたんだから。また明日、頑張れよ」
ぽっかり目を開けて紫苑のことばを聞いていたが、それでもやはり、真名はうなずこうとはしなかった。
「まだ、やれます……」
いったい何が、そんなに彼女を駆り立てるのか紫苑にはわからないが、千夜のどこまでも気楽な様子とは雲泥の差だとおもう。
紫苑から見れば、千夜も杏も自分が得意なことしかしていないように見える。
真名だけが、苦手なことでも積極的に取り組もうとしていた。
たしかに、画力や技術では他の三人には劣るのかもしれないが、マンガを描くというのは、そんなものよりもむしろ根気を必要とするような単純な作業だって含まれる。
それを、真名はほとんど一手に引き受けていると言っていい。
「トーン貼り、明日はもっと増えるぞ。──あと、成長期なんだから、ちゃんと寝ないと、背とかいろいろ縮むぞ?」
うつろに閉じかけていた目が、紫苑をはっと見る。
おもいのほか、縮むに反応したようだ。
「……だけど、紫苑さんは────」
「いや、俺も徹夜はしない。これと、ここの背景を描いたら寝るよ。ソファはいまいち寝心地が悪いから、床にでも転がって」




