少女の未来
「紫苑はさー、それだけ神話に詳しければ、彫刻家として行き詰まったとしても、神話ネタでマンガが描けそうだよなー」
「……行き詰まるとか、これから本気でめざそうとしてる人間に言うんじゃねー!」
紫苑が秋美に肘鉄とヘッドロックを食らわせると、見ていた杏があははと笑う。
「まーまー。彼なりの激励なんじゃないのかな。気楽にやれよ、っていう。紫苑くん、私たちもあと数年もすればプロになってバリバリ稼いでいるので。収入に困ってたら、彼のお嫁に行かなくても、私たちがアシで雇ってあげますよん」
なんで嫁、と突っ込みたかったが、秋美が悪乗りしかねないので、紫苑は聞こえなかったことにしてしまう。
「まあ──……いざとなれば、よろしく頼む」
「仕方ないから、私は毎日この絵を見て、紫苑がおもいどおりの彫刻を作れるようにって、祈っててあげる」
里沙のことばに、紫苑はつい噴き出した。
「ちょっ! 何でわらうの?」
「いやぁ、笑っちゃうよねー。しーちゃんがここに来たばっかりのときと、ぜーんぜん言ってることちがうんだもん。ね?」
「ああ、いや…………ありがとな、里沙」
紫苑の礼に、里沙がはにかむように微笑を返してくる。
と、里沙に向けた視線に割り込むように千夜が紫苑の前に立った。
「しーちゃん、しーちゃん。留学して帰ってきたころには、私、十八になってるからね。そしたら、いつでもヌードモデルやったげる!」
紫苑の両腕をつかんでそう言った千夜の笑顔を、おもわず、紫苑は凝視してしまう。
ふと、知っている誰かと、その千夜の顔が重なった気がしたのだ。
「千夜のヌード? それって芸術になんの?」
「なによー、自分はまだ十八になれないからってぇ! きれいになるもん! 里沙に負けないくらいきれいになってやるもん! しーちゃん好みの、美しい造形ってやつぅ!」
里沙を振り返って頬をぷっくりと膨らませている千夜を、紫苑は自分の方に向かせた。
「へ? しーちゃん?」
じっ、と見つめる紫苑を、怪訝そうな瞳が見返してくる。
紫苑は、里沙のときとはまたぜんぜんちがう意味で、わらいたくなった。
「────チー」
ほころぶ口元を見せない内に、紫苑は目の前の従妹の肩を抱き寄せる。
「ひゃ! ……は、ハイ?」
いやに緊張した声が返ってきたことに、紫苑はこらえきれず、笑ってしまった。
耳のそばにくちびるを寄せ、小声でささやく。
「おまえ、きっと、きれいになれるぞ。俺が、夢で想い描くくらいに…………きっとな」
側に立っている秋美には聞こえたかもしれないが、おそらくは里沙たちには聞こえていない。
腕の中で身動ぎした千夜が、真っ赤な顔で紫苑を見上げてくる。
紫苑は、くしゃりとその髪を撫でた。
紫苑にとって、いちばん馴れた、細くて手ざわりのいい髪を。
すると、唐突に千夜の両肩から腕がにょっきりと生えた。
肩口から現れたのは、真名の顔だ。
「私たちのおねがい、ぜんぶ聞いてくれてありがとうございました。私たち、千夜に負けないくらい、みんな紫苑さんのこと大好きですから。いつでも、遊びにきてくださいね!」
千夜の体を抱きしめながら、真名がほほえむ。
紫苑は、ぽん、と真名の頭も撫でた。
「チーのこと、よろしく頼むよ」
はい、と真名がしっかりとうなずいてくれる。
横から、遊びに来るときはペン軸を持参でねー、などとのたまった従妹のことは、紫苑はあえて無視をしてやった。