エプロンとかんざし
土曜日の朝、学校にでも行くのかという早い時間に、里沙はひとり出かけて行った。
アシスタント先は、聞けば東京なのだという。
「里沙ちんは、東京っ子だからねー」
今は、ダイニングのテーブルで向かい合っている杏が、紫苑の疑問に手を止めることなく答えてくれる。
相変わらず、彼女の筆ペンさばきは見事というより他ない。
「東京?」
「千夜ちんが、東京からさらってきて、ここに住んでるのでーす。私は休日だけお泊まり。真名ちんは通い、かな。私がきてるときはほとんどいっしょにお泊まりしてるけどね」
と、背中にのしっ、と重みがかかる。
視界に飛び込むペン入れとちゅうの原稿を見るまでもなく、千夜がのしかかったとわかった。
「しーちゃん、おしゃべりしてないで、次、これ描いて! 宇宙船の操縦室!」
「デザイン画も資料もねーのに描けるか!」
「描けるでしょ。しーちゃん、SFのなんとかってアニメシリーズ、好きだったし。メカのコクピットとか描きまくってたもん、昔」
「戦闘機とかロボのコクピットと宇宙船の操縦室じゃ、全然ちがうだろうが」
「似たようなもんだよー。ねぇ?」
「女子にしてみれば、似たようなもんなのです。しゃーない、パソコンでそれっぽい画像でも探してみますかね」
「そだね。でも杏ちゃんは忙しいから、しーちゃんがね!」
あまりにさらりと言われたので、紫苑はおもわずその内容を聞き流すところだった。
「俺がかよ! おまえ、どこまで人使いが荒いんだ!」
紫苑は千夜の頭を押しやった。
ぷう、と千夜の頬がふくれる。
「じゃあ、杏ちゃんが画像探してる間、ベタ塗りしてくれる? 指示はないから、塗り終わった原稿と見比べながらね?」
「…………ふ、ざ、け、ん、なっ」
「が、画像探しは私がやります! お皿、すぐに洗い終わるから、待って」
キッチンから飛んできた声に、紫苑は顔を向けた。
真名は昨夜着ていたのとは別の、クリーム色のワンピースの上に、リネンのエプロンをつけている。
すその丸みがヒップの丸みに沿っていて、これといって味気のない素材にも関わらず、見るものをどきりとさせずにはいなかった。
杏が塗るつやベタのようにきれいな真名の黒髪は、今は後頭部にまとめ上げられている。
ときおり揺れて音を立てるのは、挿したかんざしから垂れた風鈴型の飾りだ。
長い黒髪をかんざし一本で緩みなくまとめ上げてしまった手際は、紫苑には魔法のようにしか見えなかった。
エプロンとかんざしを外してキッチンから出てきた真名は、昨夜までは里沙が陣取っていたパソコン机に向かう。
デスクトップパソコンを休止状態から復帰させ、マウスとキーボードをよどみなく操る真名のすがたは、あまりデジタル機器が得意ではない紫苑の目に、彼女の纏うやわらかな印象が一変するほど頼もしかった。
「真名ちんは、ああ見えて意外にオトコマエなところがギャップ萌えするっしょー?」
はっ、と視線を向けると、杏が原稿から顔を上げてにやにやと笑っていた。




