「股間蹴るよ?」
紫苑の手から、杏は原稿を奪い取った。
「見て、里沙ちん!」
杏の声に、里沙だけでなく、ダイニングのテーブルについていた千夜もやってくる。
「にゃっはっは、里沙のこのヘンテコな絵がコレになるなんて、さっすがしーちゃん! その調子で、二ページ目の宇宙船もどーんとよろしくねン!」
「おい! 宇宙船は、背景じゃねーだろ」
まだペン入れも終わっていないのに描くものを増やされ、紫苑は抗議した。
と、長い髪がさらりと頬の横に垂れてくる。
ドキ、と紫苑の心臓が鳴った。
コーヒーの香りに勝る、甘い果実の香りはシャンプーのものだろうか。
「ここさ、宇宙だからまわりがベタなの。小惑星を白にして、他は濃いトーンを貼ったらどうかなって。質感、出せるとおもう?」
原稿を持ったほっそりとした腕づたいに、紫苑は里沙の顔を振り返った。
顔の造作も文句なしにきれいではあるが、くっきりと浮き出た鎖骨から肩に至るゆがみのない骨格は、少女である今このときにこそ絵に写し取っておきたい衝動に駆られる。
「────股間蹴るよ?」
ぼそ、と吐かれたことばに、紫苑はぎくっとした。
いやらしい目で見たんじゃない、と弁解しようかとおもったが、そんなことばを口にするほうが赤面しそうなのでやめておく。
「……俺だったら、光源の方向を決めて、ベタで陰影をつけるかな。その方が、質感というか、重量感は出る気がする。ただ、絵柄的には男っぽくなるかも。トーンを貼って線を見せた方が細かさが出て、たぶん女子が描いた絵って雰囲気は出せるな」
どちらがいいか決めるのは紫苑ではない。
黙って待っていると、千夜が里沙の手から紫苑の前へと原稿を橋渡しした。
「そんじゃあ、トーン貼る方で。里沙がそのつもりだったなら、それでいこう。しーちゃん、よろしく!」
異論はないのか、里沙はさっさとパソコン前に戻ってしまった。
紫苑はコーヒーを半分ほど飲んだところで、ダイニングに戻ろうとしていた千夜を呼び止める。
「チー、おまえのそのペン貸せ」
「ええっ! やだよぉ。このペン軸じゃないと描けないもん、私」
「ウソだろ。それはおまえの手には太すぎるはずだ。第一、おまえが電話で何にも言わないから、俺は手ぶらで来たんだぞ」
「ペン持ってきて原稿手伝って、って言ったら来てくんなかったもん、ぜぇったい」
それはそうかもしれない、と紫苑もおもう。




