第二話 メイドと異世界暮らし
一度失ったものは返ってこない。
だから、後悔しないように
人ってのは想像を超えたものに出くわすと、狂ったように笑うか、何も考えられなくなるらしい。
俺は後者だ。
メイドに言われた言葉とさっきまで見ていた外の景色の情報が頭の中でグルグル回る。
王都、王、貴族、馬車、レンガ造りの家…
(ん?さっきこのメイド日本語喋ったよな……)
「なあ、俺の言葉通じてるの?」
「え、ええと、何かお気に触る事でも……」
メイドが少し目を伏せて、オロオロといった感じで俺を見る。
(何このメイド可愛い。)
「そうじゃないよ。ここってどう見ても日本じゃないし、君の日本語が流暢だから、日本人なのかなーって」
「にほんじん?私はここから北にあるオスロで生まれ育ちました。
言葉は恐らくこの魔石で翻訳されているからです。」
茶髪のメイドの首には、薄い青色の丸い石みたいなのが付けられていた。
ビー玉くらいの大きさの。
(てかオスロって聞いた事ないな。
つーか、あの石で翻訳されてるならやっぱ異世界じゃん…)
「それってどんな言葉でも通じるの?」
「はい!魔族とも話せます!」
(魔族とかいう単語を出すなよ…嫌な予感しかしない)
「ちょっと試していい?」
「はいどうぞ」
「グッモーニング!」
「Good morning.」
「すげぇ…」
「聞いた言語をすぐ翻訳して、その言語で返答できる優れものなんですよー」
とか茶髪のメイドは言っている。
そこで緊張が解けたのか俺の腹がなった。
「ご主人様!朝食はあと少しで出来ますので、お部屋にお戻りになって、少しお待ちください!」
「分かった。ありがとう」
「あ、いえ、そんなお礼なんて…」
(さっきからめっちゃ可愛いんですけど!あ、名前聞いてない。まずは自分から)
「俺は五十嵐 奏太。君の名前は?」
「私はリム。リム・フルラムです!」
「リム。迷惑かけたり、なんか色々聞いたりするけど、よろしく」
「任せてください!」
俺は言われた通りにリムの部屋を出て、さっきまで寝ていた部屋に向かう。
朝食が楽しみだ。
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リム視点
17年ぶりにご主人様を見つけた。
私のご主人…アーク・オスロ様。
私の故郷の王。
ご主人様は17年前、
「転移魔法で異世界に行く。戻ってきたときに人格が変わっているかもしれない。あるいは…まあ、もしそうだとしても、これまでと同じように接してやってくれ。」
と言った。
それは遺言にも聞こえた。
それから17年。
当時私は17歳で、私の親がアーク様の父に仕えていた。
私は森精霊なので寿命という概念はない、あっという間の期間だったのかもしれない。
でも、ご主人様がいない日々は長く、辛いものだった。
魔法使いの長、ルナが連れて帰ると言っていた。
やっとご主人様に会える。
朝になって、一通りの掃除を終えたあと部屋に戻るとご主人様がいた。
ルナは成し遂げたのだ。
ただ様子がおかしい。
彼は私を忘れていた。
更に外見も17年前に見たものと同じ。
そうか、異世界に転移ではなく、”転生”したのだ。
私はすぐに理解した。
転生したというのだから記憶が0になっても仕方ないとは思った。
でも私の胸は苦しくなった。
ご主人様が部屋に向かってから、私は部屋で涙を流した。
転生前に言っていた言葉を思い出しながら、涙を拭き取った。
記憶がなくてもご主人様である事に間違いはない。
いつか記憶が戻るかもという甘い考えは今は捨て置こう。
私は五十嵐 奏太様にお仕えするのだ。
自らの心に言い聞かせた。
そうだ。
元気に明るく、いつまでもお仕えするのだ。
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ー五十嵐奏太視点ー
部屋に着いて少しゆっくりしていたら、リムが朝食を運んできた。
サラダやパンなど、毎朝コンビニパンだった俺には豪華すぎる朝食だった。
しかも美味い。
あっという間に食べ終わり、リムが食器を運んでいった。
そのあとすぐにリムが戻ってきて、着替えを持ってきてくれた。
「ほんと悪いな。何から何まで。」
「私はメイドですよ!ご主人様の身の回りの事は何でもお申し付けください!」
えっへんとか言いそうな感じだ。
相変わらず元気がいい。
そこで少し気になる事があった。
この世界にきてから時間がわからない。
さっき朝食を食べたし、朝だというのは分かる。
ついこの前まで学生だったからか、時間がわからないとウズウズする。
(この世界にケータイとかなさそうだな)
「なあリム。今って何時くらいだ?」
「えっと、時間は…」
と、リムが言いかけたところで
ゴーン、ゴーンと大きめの鐘の音がなった。
「今ちょうどお昼です」
(お昼なのに朝食なのん?いや、俺が起きないからか…起きない人の料理作って、冷めてるとか言われたら俺だって怒る)
「そうか…リム、この屋敷にはリムの他に誰がいる?」
「魔法使いのルナ様、メイド長のキャシィ様、メイドのカトレア、ペリアです」
「案内してもらえる?忙しくなさそうな人から順に」
「分かりました!じゃあまずカトレアのところに行きましょう!彼女は今なら仕事を終えているはずです!」
「ありがとう。ついて行くよ」
(まずはこの屋敷の探索だ。)