2.リク兄さんと久しぶりのお仕事
「そんじゃ、そーゆー事で。後は任せてください。はいはい。んじゃ」
通信機のボタンを押し、通信を終了させる。
久しぶりの依頼の交渉。あまりにも久しぶり過ぎて通話が終わった後も興奮が冷めなかった。
俺は嬉しすぎて一人で「やったー!」を連呼する。
そろそろ夕刻に入って客が湧いてきてもいいって頃なのに、店員以外誰もいないこの酒場は静かだが俺だけはお祭り中だ。
「やりましたねリクライトさん!」
「あぁ、ありがとうおっさん! これでようやくこの平和ボケした田舎町……ゲフンゲフン。次の町に出発できる準備が整うってもんだ!」
「そうですか。いやぁ、私の方も正直、物乞いみたいに毎日来られてウザ……ゲフンゲフン。リクライトさんには申し訳ないと思っていた毎日が続いていたんで、これで少しは気が晴れましたよ」
酒場のマスターも笑って、そうこの歓喜の瞬間を祝福してくれた。
互いに嫌味を言い合ってはいるが、別に仲が悪いという訳ではない。
むしろそんなジョークが言い合える程の仲なのだ。
こういった酒場のマスターは基本的に依頼をただただ来るのを待っているのが普通なのだが、このおっさんは自分から動いて依頼を探してくれた事もあったし、うちのガキ達の遊び相手になってもらった事もあったし、おっさんには本当に世話になった。
飲食代をツケてくれるなんて事はしてくれなかったけど、極貧状態が続いてた時は食事もめぐんでもらったりしたし、本当に良い人なんだ――さすがに頼りっきりじゃ申し訳ないと思って、飯に関しては途中から頼らなくなったが。
やっぱり社会を渡り歩く身としてはこうやって味方をたくさんつけておくに限る。
いざという時に何処で頼りになるのか分からないからな。
ともかく、これでひとまず極貧生活とはおさらばできそうだ。
「でもリクライトさん、解決するアテはあるんですか? 相手はどこにいるかも分からない奴らなんですよ?」
「くっくっくっく……。実はアテがあるんだよな……」
おっさんの問いに俺は不敵に笑った。
依頼の内容は誘拐事件の解決。
犯人は子供を攫いその身代金として300万リムを要求してきた。
明日の夕刻4時に身代金の受け渡し場所として町の東にある森の中……入口付近にある立て札の前を指定してきたそうだが、とりあえず俺は依頼者に受け渡しの場所に行く必要はないとだけ伝えておいた。
俺の中では明日の夕刻4時までに奴らの拠点を探して潰すという作戦が出来上がっている。
実は数日前、東の森の中で狩りをしていた時に何度か怪しい人影を見たんだ。
そいつらは俺と視線を合わせるなりこそこそ何処かへ逃げていったんだが、もうそいつらが犯人だと思っていいと思う。
というのも、そんな誘拐事件なんて起こすような雰囲気がこの街には一切ないからだ。
酒場のマスターに聞いてもここ数十年そういう事件は起こっていないそうで、そんな大事件が起こったら直ぐ様街中大騒ぎになるレベルだと言っていた。
もう既にこの街では大騒ぎになっているのかもしれない。
詰まるところ、この街の住民ではない部外者が犯人である可能性が濃厚で、以前森の中でこそこそしていた奴らが犯人である可能性が非常に高いという事になる。
まぁ、最悪あてが外れても俺が身代金を受け渡しに行く振りをして返り討ちにしてやればそれでいいと思うんだが、俺のPND値を探られると怪しまれるだろうし、その時間までにはまだまだ時間があるので色々と策を考えさせて貰う事とした。
とりあえず俺の中ではそう難しくない依頼だという事と、犯人の目星がついている事、そしてそんな誘拐を行うような連中はこの街から排除してやるという事を酒場のマスターに伝えた。
マスターはイマイチ納得していない様子だったが、それはそれでいい。
この事件を解決してみれば分かる事だ。
「分かりました。そういう訳なら今夜もこの町に泊まるんでしょう? でしたら私が宿を手配致しますよ」
「ホントか!?」
「えぇ。親心みたいなものです。依頼が成功して、リクライトさん達がこの町からいなくなるって事は、もう二度とアルちゃん達に会う機会がなくなる訳ですからねぇ」
と、笑ってマスターは話してくれた。
正直アルなんかは酒瓶を割ったり店内の物を壊したり迷惑しかかけてないような気がするけど、ジーとかアルとかはこのおっさんの事が大好きだったみたいだからな。
「いや、ホンット迷惑かけっ放しで申し訳ない。この前アルの野郎が割った酒瓶も今回報酬もらったらキッチリお返ししますんで」
「おや、返して頂けますか、5万リム」
「おっさんありがとう。で、どこの宿屋だ?」
「よっしゃー! クソにぃ、対決しようぜ!」
「おぉ、負けませんよ!」
「コラ! はしゃぐなジー!! 何か壊したらブチ殺すぞ!」
酒場のおっさんの厚意で宿に泊まることになった。
もう何日ぶりの宿になるかも分からない。
小さなベッドが一つしかない一人用の部屋だが、俺にしてみればベッドがあるだけ豪華はなはだしい。
そのせいでガキ共はテンションがマックスまで上がってしまっている。
ジーなんかさっきっからベッドでピョンピョン跳ねて遊んでるし、今度はクッションを片手にザックと対決ごっこしようとしてる。
「ん? お前らは何やってんだ?」
女子チームの方は小さなテーブルを前に並んで二人椅子に腰掛け、何やら熱心に絵を書いている様子だった。
「ほぅ。アルの方は怪獣の絵を描いてるのか」
「違うよ。これ、おっさん」
「…………」
アルが熱心に書いているものをよくよくみると、どうやら酒場のおっさんへの感謝を込めた手紙を書いてるようだ。
さっき俺が「おっさんには感謝するように」と言ったのをこういう形で表しているらしい。
アルもリズも、俺の方を振り向きもせずに熱心に書いていて、その心意気に感心させられたのだが、何か違う。
アルの書いているおっさんの絵はとても人間には見えない。
「何で口から火を噴いてんだ?」
「おっさんこの前本気を出したら火を噴けるって言ってた!」
「そっちの方が強そうじゃんか。強いほうがおっさんも喜ぶよ」
「目が3っつあるように見えるんだが」
「うるさいなぁ。リクにぃは少し黙っててよ!」
そう言ってアルは俺をどけようとする。
怪獣というより妖怪みたいになってきたぞ。
完成図が楽しみだ。
「アルの目にはそうやっておっさんが映ってる訳だな?」
「うん」
これもらったらおっさん泣くぞ。
「リズの方はなんだ。キリンのイラストか」
「違うよ。りっちゃんもおっさん書いてるんだよ!」
「嘘こけ! そんなろくろ首みたいなおっさんいたら怖いわ!!」
リズの方の絵も見てそうコメントを出したんだが、リズは絵を書くのに夢中で俺のコメントには反応してくれなかった。
代わりにアルがリズの書いている絵について説明してくれてたのだが、アルにはこのリズの絵はおっさんに見えるらしい。
残念だが、二人とも画力はそこらの子供よりはるかに下回っている。
まぁ、リズの方はコレは何? と聞かれればキリンと答えられるだけの絵を描いてはいるが。
「ねぇ、おっさん、首長かったよね……」
「うん。長かった長かった。あと目も3っつあった方がいいよ!」
「何でだよ! っつーかリズもおっさん書いてたのかよ!?」
ドン!
そこまで言うと、邪魔だと言わんばかりにリズは俺を無言で突き飛ばしてきた。
今のは分かる。普通に怒ってるリズの表情だ。
おっさんもこいつらの感謝の気持ちは受け取れはするだろうが、せめて人間を書いてやって欲しい。
「すげぇ! りっちゃんうまいなぁ! 後こうやって……目からビームだせば強いよ!」
他人の絵に変な物を付け足すな。
ガショーン!!
「ぬはぁ!!」
今嫌な音がした。
「あー!!」
「あぁ……」
振り向くも無残、クッションで格闘してごっこして遊んでいたザックとジーが窓ガラスを割っていやがった。
また説教しなくちゃいけないと思うと本当に気が重たい。
「ジー、ザック。ちょっと来い」
二人にそう怖そうに言うと、ジーとザックは真っ青な顔して俺の方を振り向く。
こういう所はキチンとしつけてやらなければならないのが保護者の大変な所だ。
二人はしゅんとしてすごすごと俺の方へと寄ってくる。
「まず一つ、言う事は?」
「ごめんなさい……」
「ごめんなさい……」
「誰に言うべきだ?」
「あたし!」
「怪獣は黙ってろ」
「誰に言うべきだ?」
「リクにぃ」
「違うぞジー。誰の物を壊したから、誰に謝ればいいんだ? ザック」
「リク兄さん」
「今違うって言ったばっかだろ!! 宿屋のおかみさんだ! さっさと行って謝って来い! そして今後お前らは弁済が済むまでおやつ抜き! 食事も格下げだ! いいな! 分かったんならさっさと謝って来い!」
俺がそう言うと目も合わせず一目散に部屋を飛び出していくジーとザック。
これで説教が済めば安いと思ってさっさと飛び出して行ったんだなきっと。
まぁ、帰って来たら同じ過ちを繰り返さないようにキツく叱ってやるが。
「ったく……」
ガチョーン!
「あ……」
「何で絵を描いてて花瓶を割るんだよ!」
さて、借金はどれくらいになるんでしょうか。
「はい。ベッド割りのゲームは今回無し!」
そう厳しく皆に伝えると、ブーイングが起こりだす。
いつもはベッドの数に応じて、ベッド争奪戦なるカードゲームが行われるのだが、今日に限っては奴らは悪い事したし、俺一人でベッドを占領する事とする。
「ベッドは俺様が占領する! てめーらは自分のやった事を冷たい床で寝ながら反省しろ!」
「私、何もしてない」
「そーだ!りっちゃんは何もしてない!」
すると即座にガキ共の猛反発を受けてしまった。
その場では「リーズはなーにもし~ていない!」という非常に語呂の悪いコールがガキ達の間で巻き起こっている。
リズが何もしていないのは分かったんだが、お前らそれぞれ色んなもん割ってるだろう。
窓ガラスとか花瓶とか俺の心とか。
人を擁護できる立場にない事を理解しろなんて言っても無駄そうなのでいいとして、リズはどうしたものか。
仕方ない。久々の一人勝ち気分はお預けだ。リズと二人で使うか。
「じゃあリズは俺と一緒にベッドだ」
「うん」
「あーズリぃ! リクにぃだっておばさんに謝ってたじゃんかよ!」
「おめーらが窓割ったり花瓶割ったりするからだろーが!」
「それでも年長者としての責任が問われているのは否めませんよ」
「何責任転嫁してんだてめーは!」
これだから馬鹿を相手にするのは嫌だ。
それでも意味不明な主張を盾に収まりきらないブーイング。
このまま放っておけばまた隣から苦情が来たりする。
「割れる物を置いておいた方が悪いよ!」
「無茶苦茶言うな!」
「きっと窓の耐久性に問題があったのではないかと思うんです」
「お前らのとってた行動に問題があるんだよ!!」
「いつもみたいに外で寝ればこうにはならなかったぞ!」
「じゃあジーだけ外で寝ろ!」
「リクにぃが外で寝ろよぅ!」
「何でだよ!!」
ダメだ。不条理すぎる。
あまりに馬鹿論理なんでこっちの頭が狂ってきそうだ。
しかりつけてやったのに、久しぶりの屋内宿泊でガキ共のテンションは上がりっぱなし。
これ以上抑えつけようとしても火に油を注ぐだけだ。
こんなくだらん事でこれ以上体力使うのももったいない。
「分かった分かった。俺も床に寝ればいいんだろ。んじゃ、今夜のベッドはリズ一人で使ってくれ」
「…………」
と、いう訳で何故か俺まで冷たい床で寝ることになってしまった。
何もしてないのに宿屋のおかみに頭を下げて、隣の客にも頭を下げて、何で冷たい床で寝なきゃいけないのか分からん。
まぁ、この借りはいつか必ず返して頂く事にしておこう。
「…………」
消灯して、部屋が真っ暗になってから数十分後。
床で皆でくるまってる布団の中に何者かが入ってきたかと思うと、ぎゅっと俺の服を掴む感触があった。
「…………」
リズだった。
ベッドで一人寝ていたはずのリズが俺たちの輪の中にこっそり入ってきたのだ。
俺らの包まってる布団の中にもそもそ入って、皆を起こさないように俺の隣まで移動し、そこでようやくリズは落ち着いて眠りに入ったようだ。
きっと一人で寝ていて寂しかったのだろう。
以前にも何度かこんな場面があった気がする。
表には感情をなかなか出さないリズは人一倍寂しがりやなのを俺は知っている。
それでもその寂しさを人に気付かれたくないのか、絶対に口に出したりはしないが。
俺はまだ眠りについてなかったから気付いたけれども、他の皆はとうに眠りについている。
リズもそれを見計らって来たのだろう。
(気付いてないフリをしておいてやるか)
その夜、いつも以上にどうやったら皆を無事に親元に帰せるか考えてしまい、なかなか寝れなかった。
ここで一つ、俺とみんなに関する話をしておこう。
俺は名もない旅人。
昔はどこぞの国の騎士団に入っていたが、今ではただの浮浪者だ。
別にコレといって目的もなく今と同じように傭兵やって生計を立て、世界をぶらついていたが、ある時何もない森の奥地で一人の小さな少女を見かけた。
それが今のアルになる訳だが、そいつが一人わんわん泣き叫んでいたんだ。
可哀想に思った俺は軽い気持ちで親元まで届けてやろうと思って泣き叫ぶアルを拾い上げ、親を探し始めた。
まだまともに言葉をしゃべれなかったアルは、自分の家すらよく分からないようだったし、両親の事を聞いても意味不明の言葉が返ってくるだけだったので、とりあえず親の方も探しているだろうし、町に行ってみることにした。
しかし、そう簡単に親が見つかるなんて事もなく、なついてしまったアルを捨てておく訳にも行かず、俺はアルと一緒に再び旅を続ける事となった。
もちろんその間だってアルの親を探し出すのが旅の目的だったが。
そうしているうちに次に出会ったのがリズだ。
リズは国からの襲撃にあった廃墟の街中に一人寂しそうに立っていた。
別にリズを救う義務なんて俺にはなかったのだが、きっと襲撃にあった際に親を亡くしたんだと俺は思い、どうにも見捨てて行く事は出来ずにリズを旅に連れて行く事にした。
旅に誘っても警戒してか、一向についてこようとしないリズだったが、食料を与えたり、何でもないくだらない話なんかを一方的に聞かせてやったりしたらリズも警戒心を少しは解いてくれたのか、無言でついて来るようになった。
リズの普段生活していた所が襲撃にあった町とは限らないが、その可能性は極めて高い。
だから親元に無事に帰すという目的は立てられないが、無事に安心できる施設に送り届けてやるのが俺の役目だと勝手に思って、今もなおリズと旅を続けている。
ちなみに、今まで旅してきた所にいい子供用の施設はあったのだが、リズが断固拒否の意を示していたので、その施設は見送る事となった。
もう少し俺がリズの社会性と社交性を育ててやれれば、いい施設にめぐり合った時にきっとリズは受け入れてくれるんじゃないかと勝手に思っている。
この二人との三人旅は長かった。とりあえずの所、目的はアルの親探しとリズの受け入れ先。
場所の関係上アルの親探しを優先して、アルを拾った場所からそう遠くない町を洗いざらいに回ったが結局アルの親らしき人物とめぐり会える事はなかった。
森で一人置き去りにされていることからよく考えてみると、アルは迷子になったのではなく、捨てられたと考える方が自然だ。
それを考えると今まで会った人間の中に本当のアルの親がいたのかもしれない。
となると、これ以上アルの親を躍起になって探す意味はないんじゃないかと思うようになってきた。
それから俺は旅する範囲を大幅に広げる事を決意し、俺の私情も少し挟まるが、気分転換として何の目的もなく船に乗って旅する大陸を変えた。
それが始まりで、この大陸に来てから本当に色んな事があった。
出会いと別れを繰り返して、結局今のメンバーになったという訳だ。
ザックの方は当分ウチのメンバーになるつもりでいる。
というのも、ザックは両親を亡くした孤児だからだ。
本人は旅の中で目標を見つけ、それができたらパーティから抜けると言っている。
ザックに限って言えば俺に近いような所があるんじゃないかなって思う。
実際俺も自分自身の目的があって旅しているわけじゃない。
旅している中でこいつらの住むべき場所を探すという目標を見つけたまでだ。
そういう意味でザックと俺は同業者。いつ別れがやってくるかは分からないが、現状を見る限り当分先の事だとは思う。
一方ジーの方はちゃんとした目標がある。
ジーは両親が出張中に戦乱に巻き込まれ、はぐれてしまった境遇にある。
一応ジーの実家のある街には通信を何度か送っていているのだが、ジーの両親宅を割り出すのに時間がかかっているらしく、まだ返信はない。
なので、この足でジーの実家まで行ってしまえばいいじゃんという事になって、今俺たちはそのジーを実家に届けてやる目的で動いている。
とは言っても、ジーの実家はこの大陸の反対側にあるので、物凄く果てしない旅になる事は予想されているのだが。
ジーを引き連れて既にかなりの時間が過ぎているのだが、他の子供を先に届けたり、金がなかったり子供の足では辛かったりと、究極的な遅さで旅は続いている。
それでもジーは文句の一つも言わないし、むしろあんまり実家に帰りたくないような言動さえみせる。
俺の目算ではあと2、3ヶ月くらいでジーの実家にたどり着く予定なんだがどうなるのかは全く予測できない。
旅の先にちゃんとジーの両親が待っていて、ジーの帰りを待ちわびていると考えるとやっぱり少しは急いで行かなければならないのだろうが。
さて、先に触れた俺自身の旅の目的だが、旅をしている途中に段々と変化してきた。
ザックに関してはいいとして、ジーはきっちり実家に届ける事。
アルとリズについては、以前まではいい施設を見つける事だと考えていた。
確かにいい施設があって、二人がそこを気に入って住み着くのはいい事なんだが、やっぱり二人の本来の親を見つけてやりたいと思い始めてきたのだ。
リズには何とか記憶を取り戻してもらって、親じゃないにしても血の繋がっている人の所へ届ける。
アルについても、仮にアルが捨てられた身であるとしても、その親元を訪ねて話をしてみたいと思い始めてきた。
親の顔を知らないというのはあまりにもこいつらが不幸すぎると思ったからだ。
別に俺だって特段する事はないし、長い間一緒に笑いや悲しみをこいつらと共有してきたらこいつらが可愛くてしょうがなくなってきてしまった。
だからなんとか幸せにしてやりたいと、赤の他人だがそう思うようになってきた。
だから今ではこいつらの親を探し、親元に届けてやるのが俺の使命なんだと勝手に思っている。
(皆の両親、ちゃんと生きてるといいな)
そんな事を思っていると、突如物凄い違和感を感じて瞑っていた目を見開いた。
そして一目散に皆で共有していた布団をガバッと放り投げる。
「誰だ今屁こいたの」
――翌朝――
『ありがとうございました!』
「いやいや、私も皆に喜んでもらえて良かったですよ。はっはっは」
森を探索する前に酒場のおっちゃんの所に皆揃ってお礼を言いに来た。
ホントこのおっさんには至れり尽くせりである。それにしても久しぶりに屋内で快適に寝られたのか、すこぶる調子がいい。
数日前の虚無と絶望を味わっていた時よりもなんというか生きる希望に満ちたような感じだ。
これなら頑張って仕事に専念できそうだ。
「いやいや、あたしもおっさんに喜んでもらえて良かったよ。はっはっは」
「てめーはただ宿屋の花瓶を割ってきただけじゃねーか。それよりもホレ、アル、リズ、おっさんに渡すものがあんだろ?」
昨日一生懸命書いた妖怪とキリンの絵だ。
俺からの中途半端なお礼よりも、こいつらの愛情こもった手紙の方がおっさんも嬉ぶだろう。
あのイラストがおっさんの似顔絵だと説明しなければバッチリ喜んでくれるはずだ。
「はい、おっさん!」
「おやおや、アルちゃんもリズちゃんもありがとう」
二人が手紙をおっさんに渡す。
手紙を渡されたおっさんの顔は、しまりが無いほどにやけて喜んでいるようだ。
「アルのは妖怪で、リズのはキリンの似顔絵だってさ。二人とも上手に書けてんだろ?」
「うんうん。二人ともとっても上手だよ。リズちゃんのは太ったキリンさんだね。アルちゃんのは……モンスターかな?」
「違うよ! おっさん」
「ほら!」
『うわぁ~』
おっさんはもらった手紙に感激したのか、子供達にさらなるプレゼントを持ってきた。
どうやら花火セットのようだ。
花火セットをもらったガキ達は初めて見る花火というものに興味津々だ。
「こんな事までしなくていいのに……」
「いいんですよ。ほら、皆仕事が終わったらお兄さんと一緒に楽しんでみてね」
「すっげー!! おっさん、ありがと! アル、早速やろうぜ!」
「やろうやろう!! 負けないぞー!!」
「おっさんの話聞いてたのかお前らは!! 仕事終わったらって言ってんだろーが!」
そう叱り付けても、皆が皆花火セットをわいわい取り合って聞かない。
何で子供はこう一挙手一投足騒がしいのか。
「ほら、物をもらった時にいう事!」
『ありがとうございました!』
皆揃ってそうお礼を言うが、お礼を言い終えるとすぐに興味は花火セットの方だ。
これじゃあなんだかおっさんが可哀想である。
「ホント、迷惑かけてすまんね。暴れんなコラ!!」
「いやいや、いいんですよ。好きでやってる事なんで。それよりもリクライトさん、仕事はバッチリ片付きそうなんですか?どうか人質は絶対に殺されないように……」
「まぁ、大丈夫だ。一応そういうのを仕事にしてきたんだから。いわば俺たちはその道のプロだ。アマチュアが4人もいるけど。もしも人質が殺されたらおっさん、謝りに行ってくれ」
「ちょっと! 私はしませんよ!!」
まだ俺たちの仕事に対する信用がないから、今のを軽くジョークで流すのは無理だ。
今のは軽口叩いた俺が悪い。
「ジョークだジョーク。こいつらにも、何に差し置いても人質を優先するように教えておく」
「あぁ……心配です。何が心配かって、正直人質よりもみんながそんな悪党のような人に向かっていく事の方が心配ですよ」
暴れる子供達を横目に、おぼつかない様子のおっさん。
俺からしてみれば割りと簡単な仕事内容なんだが、そんなのはおっさんには分からないので仕方のない事だろう。
それを今説明した所で納得なんてしてくれないだろうし、早く結果を出して安心させてやるしかない。
「こいつらをナメちゃいけねぇって。PND値だけで言うならアルだって350位あるんだからな」
「350!!?」
その350というアルのPND値を聞いてぶっ飛ぶおっさん。
アルくらいの子供のPND値と言ったら80いかない程度のものだから無理もない。
ちなみにおっさんみたいな武装していない一般の大人のPND値は多くても250。
350っつったら魔法使いを職業にしているその辺の大人レベルにはある。
「リズなんか400近い。ちなみに俺は600出るぞ。」
「ちょ、ちょっと600って……。リクライトさん、もしかしてどこかの国の偉い戦士様だったり……?」
「いや、んなこたぁーない。ただの旅人だ」
そう言ってもなかなか信じられない様子のおっさん。
600を信じてないのか、旅人を信じてないのかは知らないが。
「だから俺たちの事は心配すんな。しっかり人質を助けて帰ってきてやるから」
「リクライトさんにはもっと大きな恩を売っておいた方がいいみたいですね……」
「はっはっはっは」
ガチャーン!!
「じゃ、頼んだ」
おっさんは本当に恩を売ろうと思ったのか、それともおっさんの言うとおり俺たちの仕事の成功を祈ってのものなのか、あの後軽い朝飯をご馳走してくれた。
そのお陰ですこぶる快調だ。
現在俺たちは追いはぎが出現したとされる森の近くまできている。
この森は魔物こそほとんどいないが、割りと採集や採掘には適しているようで一般の人も稀に探索はしているようだ。
今その森を目の前にしてみんなに昨日考えた作戦を説明した。
これからの予定なんだが、とりあえずこの広さの計り知れない森の中を、とりあえず夕刻3時くらいまでは粘って探してみる事にする。
それでも見つけられなかったら直接俺が身代金の受け渡し場所に赴いて奴らをうまくぶっ潰そうと思ってはいるんだが、出来ればそういう事態にはしたくない。
相手には人質がいるだけに、俺がうまく敵を倒す事が出来る保障なんかないし、倒したとしても肝心の人質をうまく助け出すのはまた別の問題になるからだ。
それ以前にもし相手がアナライザー持ちだったら、俺の事を警戒してくるだろうしな。
だったら最初から奴らの拠点を奇襲してうまく人質を助け出した方が話は早い。
ちなみに今から行う作戦の内容は以下の通りだ。
まず、各自で拠点っぽい所を探しながら森をうろつく。
見つけ次第アナライザーのヘルプボタンをプッシュして俺たち全員に伝える。
でもなければ、わざと奴らに捕まるのを待つ。
相手が追いはぎ&人攫い集団ならば、一人でぶらついてる子供だったら簡単に手を出すだろう。
手を出されたら反抗しないで、敵の本拠地までとりあえず連れて行かれる事にする。
もちろんその時もヘルプボタンはプッシュだ。そうする事によってうまく奴らの本拠地を暴くことが出来るという俺なりの作戦だ。
こいつらには理解できるか難しい作戦だが、今回は簡単に『変な集団を見つけたらヘルプを押す、知らないおっさんに捕まったらヘルプを押す』とだけきっちり伝えておいた。
「と、いう作戦内容なんだが、質問ある奴いるか?」
「はい!」
「はい、アル」
「花火したい!」
おっさんからもらった花火セットを一人大事そうに抱えるアル。
あの後結局じゃんけんでアルが『花火を持つ権利』を獲得したらしい。
んなもんやる時は皆で一緒なんだし、持っているだけ無駄だと思うんだが。
むしろ荷物持たされてると考える事もできるぞ。
「昼間に花火やっても面白くないだろ。やるのは仕事が終わってからだ。」
「何で昼間じゃダメなの?」
「周りが明るくて綺麗な花火が映えないらだ。いいか、絶対に一人でやるんじゃないぞ!」
俺がそうアルに釘を刺しておくも、聞いているのか聞いていないのか、アルはにまにましながら花火セットとにらめっこしていた。
まぁ、アル以外の3人もアルの持つ花火から興味が離れないようだが。
「他に質問は?」
「はい!」
「はい。ジー」
「おやつは?」
「作戦成功したらたくさん買ってやる。他?」
「はい」
「はい。ザック」
「朝のお通じがまだなんですけれども……」
「我慢しろ」
「あ、出そうです」
「じゃあ行って来い」
「はい」
「はい。リズ」
「連れて行かれそうになったら倒していい?」
「人の話を聞いてましたか? 連れて行かれて下さい。他に質問は?」
「はい!」
「はい、ジー」
「花火は?」
「仕事が終わってからって言ってんだろ! ぶん殴るぞ!」
成功の報酬は30万リム。
仕事内容と比較すればあり得ないほど巨額だ。
これがあればおやつ買おうが飯を腹いっぱい食おうが何しようが十分な金が残る。
旅の支度だって十分に出来るって訳だ。
「よし。ないならまずアナライザーを探索モードに設定しろ」
そう皆に指示すると、皆は首にあるアナライザーを手でいじりだす。
探索モードに切り替えないと仲間との通信範囲がせばまってしまうから、今回の作戦では必要な設定である。
ちなみに普段はもちろん探索モードは切ってある。
探索モードがついていると隣にいるだけでいちいち反応したりして視界が微妙に遮られ、結構邪魔である。
「ヘルプの使い方は分かるな? よし。ザックが帰ってきたら早速作戦開始だ」
子供をエサにする、結構危険な作戦かと思われるが、俺はあまり心配していない。
こいつらはそんじょそこらの一般人よりも戦闘能力はあるはずだから。
いざとなれば人攫いと戦ったり逃げたりする事もできるはず。
俺が心配する所はまた別なところにある。
あまりにこいつらが馬鹿すぎる所だ。
アルなんかは無意味にヘルプボタン連発しそうだし、ザックなんかは逆にヘルプ押し忘れそうだし、ジーはジーで本来の目的を忘れて遊んでしまいそうだし、リズは人攫いを倒して満足してしまいそうだ。
「やっぱり俺が自力で見つけるしかねぇのかな……」
そんな不安を抱えながら、これから久しぶりの仕事、人攫いぶっ潰し作戦は始まるのだった。
中途半端に3話くらいで終わります。
何で発表しようと思ったのか分からないような出来で申し訳ないのですが、暇つぶし程度でよろしければどうぞ。
14.10.10 若雛 ケイ