さよならパーティー
「そっか、勇樹お前転校するのか……」
「……うん」
僕の説明に対して俯き加減にそう言う目前の親友、たかし。
たかしは高一の時からの親友だ。一年半程度の付き合いだったが、僕らは昔からの幼なじみのようにかなりの仲を築くことが出来た。そのたかしには早めに知っておいてもらいたかった上に今日たかしの所属しているサッカー部の練習は休み。滅多にない一緒に下校出来るチャンスなので帰り道を歩く現在、昨日親に知らされた転校の話を早速たかしにした。
「遂にお前ともお別れか。長年の付き合いだったけど、今週で終わりなんだな。……寂しいな」
顔を挙げると、元気を振り絞ってか、しかしたかしは笑顔になりきれていない顔をしている。
寂しい? 何を言っているんだ。
「そんなの僕もだよ。いや、僕の方が寂しいよ。本当はたかしと離れたくなんてない。なのにあと一週間だなんて」
転校の理由は親の急な転勤。その為、たかしとの残された時間は一週間しかない。
そんなの短か過ぎるじゃないか。
「くそ、一週間じゃ大したこともしてやれねえ」
本当に納得いかないと行った様子でたかしが言ってくれた。
その様子が僕には嬉しかった。何故なら僕にはたかし以外に友人がいないから。
人見知りがちで人と上手く接することが出来ず、僕は昔から友達が出来なかった。対してたかしは明るく人当たりも良くて、友人も多い。そんな正反対の僕らの仲が近付くことが出来たのは、そんな俺にたかしが話し掛けてきてくれたからだ。
だから、たかしに何も思われずに、誰にも悲しまれずに行くなんてことにならなくて本当に良かったと思う。
「別に良いよ。まあ、せめて見送りに来てよ」
「そりゃ、行くけど、それだけじゃ物足りねえよ。何かやらねえと」
「たかし……」
そこまで僕のことを……。親友に思われて本当に嬉しい。僕は何て良い友達を持ったんだ。
「おっ、そうだ」
「何、どうしたの?」
「いや、ちょっとな」
何か思いついたようだ。そう言うと、ニヤニヤと悪戯を思いついた子供のような顔になったたかし。
僕は一体何を思いついたのか気になって反射的に質問してしまう。
「ちょっと、何さ?」
「だからちょっと――」
間を取って喜べとばかりに、たかしはそのアイディアを発表した。
「お別れ前に、サプライズパーティーをしてやろうと思っただけだよ」
……はっ?
聞いた時は理解出来なかった。たかしが何を言っているのか、何故そんなことを言ったのか。理解出来ず固まってしまった。
そんなバカな。サプライズパーティーを計画段階で教えたら、それはもうサプライズパーティーでは無いじゃないか。どこに驚いて良いのか分からないじゃないか。事前に聞いていて、当日に「今日は前に言ったサプライズパーティー開きました。どうだ、驚いたか」とか言われても、「あっ、いや、そこまで」としか言えないじゃないか。
えっ、ていうか、何これ。まさか、新手のサプライズパーティーか。サプライズパーティーやるって言っておいて、寧ろやらないっていう感じか。なるほど、確かにそれはサプライズだ。でもそれ、「何これいじめ!」ってなるよ。もしくは、相手に知らせた上で想像の上を行く驚きを与えるとかいう、「あなた様の想像の上を目指します」みたいなどっかの企業よろしいパーティーを目指しているのか。しかし、それは一人じゃ限界があるぞ。
いや、そもそも一人なのか。
「おいっ、勇樹、大丈夫か?」
「あっ、ごめん、ごめん。えっと、そういう訳で急になって悪いけど、僕転校するから今までありがとう。って言ってもまだ一週間あるけど。あっ、当日の見送りはよろしくね」
しまった、しばらく考え込んでしまった。たかしの言葉で僕は我に返り、今のを誤魔化すように矢継ぎ早に言葉を口にする。
まあ、今のは思わず言ってしまったのだろう。多分口を滑らせたんだ。しょうがない。少々無理があるが、今のは聞かなかったことにしておこう。
「あっ、ああ。――って、おいっ。どうした急に一気に喋りだして」
「あっ、いや……」
「まあ、良いけどな。それより、さっきのサプライズパーティーの話なんだけどよ――」
なにー! まさかの自分からぶり返してくるだって!
「俺の友達も、結構連れて行くから楽しみにしとけよな」
しかも、最早何も隠す気無いよ。たかし、驚かせる気ゼロだよ。
ていうか、あれだな。もう分かった。たかし、絶対サプライズの意味分かってないな。ただパーティーの上にはサプライズを付けなきゃいけないみたいな、意味の分からない使命感で言っているのだろう。なんせたかしは、『文中の「stop the bus」を日本語に訳せ』というテスト問題に対して、「ストップ・ザ・ブス」と答えた男だ。ブスを止まらせた男だ。それで間違いないだろう。
というか何よりまず、知らない人にさよならとか言われても全然嬉しくないんだけど!
「えっ、ちょっ、別に良いよ。たかしだけで良いよ」
「まあ、照れるなって。まあともかく、そういう訳だから俺もう行くぜ。今週の日曜日俺の家でやるから覚えといてな! じゃあな!」
そう言い残して、いつも俺達の別れることになるT字路でたかしは右に曲がっていった。
って、そういう訳でってどういう訳で! ていうか、本当に行きたくないんだけど! 絶対緊張するんだけど!
だが、たかしはもういない。僕はおそらく歴史上唯一人であろう、サプライズパーティーを思いついた瞬間に告げられるということをされ、何とも微妙な心情で帰路に着いた。何というのだろう、こういうのをありがた迷惑というのだろうか。
☆★☆★☆★☆★☆
日曜日。あれから六日経ち、明日たかしとお別れになる前日。
金曜日の帰りにも言われ、正直あまり気が乗らないが、断るのもせっかく俺の為に計画してくれたのに悪いと思い、たかしの家に行くことを決心し、今着いた。白寄りのグレーを基調とした壁に際立つチャイムのボタンを押して数秒後扉が開いた。
「おっ、待ってたぞ、勇樹。さあ、上がれよ」
「うん、お邪魔します」
中に上がると、すぐ隣にある下駄箱に物凄い数の靴が入っている。しかも玄関の先にある部屋。何度も来てこの家の構造は把握しているが、そこはリビングだ。その部屋からわいわいと騒がしい声が聞こえて来る。何か凄い人が多そうだ。
ていうか、何で知らない人のお別れを惜しむ為に、かなりの人が来ているんだ。案外良い人ばかりなのか。
だがそんな好意も、申し訳ないことに今の俺にはただの重荷にしかならない。リビングに近付くにつれ、大きくなっていく大勢の楽しげな声と共に僕の心臓の鼓動も速くなっていく。あー、どうしよう。マジで帰りたい。
だが、そんな俺の意思とは裏腹に足は進んでいく。そうして、たかしがリビングのドアを開いた。たかしの後ろから部屋を覗くと、真ん中にテーブルを置き、その上に様々なお菓子、ジュースが置いてあり、そのテーブルを囲むように大勢の人達が立っている。
『さよなら、勇樹ー!』
たかしに続いてリビングに入ると、その人達が皆こちらを向いて、 声を合わせてそう言った。
えっと、パッと見十数人といったところだが、とりあえずやっぱり僕が知っている奴が一人もいる訳なく、つまり全員初対面の人にさよならとか言われた。えっ、何、帰って良いの?
「あっ、ああ、ありがとう」
「まあ今日は勇樹のお別れパーティーだけどさ、だからって悲しい顔は無しにしようや。皆、笑顔で楽しんでいこうぜ-!」
テーブルに俺を連れて近付いてジュースの入ったコップを持ち上げると、たかしがそう叫んだ。そしてたかしのその音頭に皆が「おー!」と応える。いや、寧ろこの中に悲しい顔出来る人がいたとしたら、それは逆に凄いと思うんだけど。なんせ、全員初対面だからね。なんせ、話したこともないからね。
にしても改めて見てみると、やっぱりたかし凄いな。十数人という人数をこんな訳の分からないパーティーに誘えたこともそうだが、金髪逆立てて耳にピアス付けた明らかにチャラそうな男、可愛い女子、果てには外人まで様々な人がいる。えっ、ていうか、何で外人いんの。
「どうだ、勇樹。嬉しいだろ?」
「えっと、うん、まあ……」
微妙かな……。
「さて、じゃあ悪いな、勇樹。俺ちょっと他の奴と話してくるから、お前も誰かと話でもして楽しんでけよ」
「うん、そうだね。って、えっ、ちょっ、待っ――」
たかしー! 俺置いていっちゃったー! もう周り知らない奴しかいないよ! ていうか、うるさいんだけど、さっきから「べー、それマジべーわー」しか言ってねえ隣のチャラ男! べーの僕だから! あー、もう時計見たらまだ二時かよ。時間経つの遅いんだけど。早く時間経って皆帰ってくれないかな。というか、トイレ行ってそのまま逃げこもうかな。「あいつ、どんだけうんこしてんだよ」とか思われるだろうけど、立て籠もろうかな。
「あの、えっと、勇樹君」
そんな計画を本気で考えていた時に、不意に横から名前が呼ばれた。そっちを見ると、目がぱっちりした、実際にモデルにいそうな綺麗な顔立ちをした同い年くらいの女子が笑顔でこちらを見ていた。
何これ、ちょっとドキッとするじゃないですか。でも僕、女子とあんまり話したこと無いんですけど。
「違う学校行っても頑張ってね! 応援してるから!」
いや、絶対応援する気無いよね。何せ、会ったの今日が初めてなんだから。
でも、彼女は元気強くそう言ってくれた。
「……ありがとう」
へえ、何だかな。これ意外と、嬉しいな。確かに知らない人ばかりだけど、本心からの言葉では無いだろうけど、それでも誰かに言ってもらえたこと。それが嬉しかった。
それに続いて、他の皆も僕の周りに近付いて、別れの言葉を掛けてくれる。来た時からは想像も出来なかったけど、それを本当に喜べている。
「じゃあな、また会おうぜ、ゆうと!」
「違う学校行っても頑張れよ、ゆうや!」
「別れても俺らは友達の友達だぜ、ゆうすけ!」
でも、皆名前違うから! ていうか、最後の奴、もうそれただの他人じゃないか!
「えっと……マジべーわー! べーな、太郎君!」
お前は言うこと決めてから言えよ! 流れで言うなよ! そして、お前「べー」しか言ってないな!
てか、べーなーって何それ挨拶、それとも俺やばいの! 何が!
そして、まずそもそも、太郎って誰だよ! 僕の名前の原型もう残ってないんだけど!
「ワタシアマリニホンゴワカリマセン。ダカラサヨウナラ、ユウキ」
出た、外人! 同い年ぐらいの金髪でそばかすだらけの白人外人だ。
凄い、この人、全部片言だ。……何で連れてきたんだよ! 言ってること意味分からないし! さよならの理由が日本語が分からないからってどういうこと!
すると、その外人にポンと手を置いて、首を横に振り、俺に任せときな的な顔をしている奴が出てきた。
その人も外人だが、今の白人外人とは違う、体ががっつりした黒人だ。たかし、君の人脈は一体どうなっているんだ。
でも、何だ今の行動は。はっ、まさかまだ日本語をまともに話せない白人外人の代わりに別れの挨拶をしてくれる気なのか。
「My name is Andre! Good-bye yuuki!」
違った、最早日本語全く無くなっちゃった! だから、何で連れてきたんだよ、たかし!
「オオ、ナルホドデス!」
白人外人、あんたは今ので何を理解したというんだ。
「おっす、勇樹! どうだ、楽しんでるか!」
僕が外人二人を相手に苦戦していると、僕と離れた所で友人達と談笑していたたかしが、再びこちらにやってきた。かと思うとアンドレの首に手を掛けて更に僕に話し掛けてきた。グラスを人差し指と中指で挟んで持っている。おいおい、危ねえな。あっ、ちょっ、零してんじゃん。
「うっ、うん、まあ」
「いやー、にしてもやるね、マイケル! 勇樹の別れを惜しんでくれてたんだな」
んっ、ちょっ、待て。たかし、今何て言った! マイケルって言わなかったか! 誰だ、マイケル! 友達の名前間違えるなよ!
「What?」
しかも通じてないし! この二人、本当に友人なの。
「オーケー、オーケー! さて、じゃあ勇樹、他の人とも話そうぜ」
「えっ、今ので良いの! 全然話が噛み合ってなかった気がするんだけど」
「何言ってんだ、そんな訳無いだろ。何せ、あいつと俺は心が通じ合ってるんだぞ」
どこがだよ! そもそも、心通じ合ってる友達の名前間違えるなよ!
とまあ、そんな変な経験もしながら、そこからはたかしと行動を共にし、様々な人に別れを惜しむ言葉を掛けられていった。ふとみると、時計の針がいつの間にか七時を指していた。
……早いな。さっきまで進行が遅緩だった時間が急に加速したようにあっという間だった。確認ばかりしていた時計を見るということすらいつの間にかしなくなっていたようだ。
何故だろう、今はこんな初対面の人ばかりなのに、終わって欲しくないと思っている。
でも、
「さて、もう遅いし、そろそろお開きだな」
たかしが引き続き楽しそうに、でも幾ばくかの寂寥も漂わせて言う。その言葉を聞いた瞬間、僕は物悲しさを感じた。
別れの時間は必ず来る。それは分かってたし、最初は望んでいた筈だ。でもその最も望んでいたものが、今は最も厭うものになっていた。
「よしじゃあ、最後に何か喋っていってもらおうかな、勇樹」
急なご指名に一瞬ドキリとした。でも、すぐにテーブルを囲うように輪を作った皆の中央に移動する。
「皆さん、今日は僕との別れを惜しむパーティーを開いて頂きありがとうございました」
勿論緊張はしている。僕は人前に立つのも話すのも慣れていないんだ。
それでも、言葉は自然と出てきた。
「と言っても、僕の親友であるたかし以外は初めてになる顔ばかりですね。正直最初は戸惑いました。何せ、今まで会ったことも無い人達に急にさよならとか言われながら、パーティーを開いて貰ってるんですから。今までこんなことしてもらったこともないどころか、ちゃんと人と接することが出来た訳じゃないから、それは緊張もしました」
僕の話を聞こうと、今まで静寂が支配していた会場が再びざわざわと騒々しさを取り戻していく。小さく笑う者もいる。その通りだと大きく笑う者もいる。でも皆、人と話すことが苦手な僕の話をちゃんと聞いてくれている。
「でも、最初から本当はどこか嬉しかった。初めてでも知らなくても、祝ってもらえて嬉しかった。そして今は本当に楽しいです。と共に皆さんと離れるのがただ悲しいです。一日だけの友人だったとはいえ、 僕はあなた達のことを一生忘れません。では、これで。今日は本当にあり――」
「べーわー、マジべーわー、ゆうた君!」
そろそろ切ろうとしていたとはいえ、突如俺が話しているところにチャラ男が割り込んできた。
あんっ、何だチャラ男! あと、名前相変わらず間違えてるんだけど。
「えーということで、邪魔が入りましたが皆さん――」
「ちょっ、マジ、べー過ぎでしょゆうた君! 邪魔ってべーっしょ!」
何言ってるか分からないから、日本語で頼む。
「あっ、ごめん。で、何がべーの?」
「いや、だから、一日だけの友人とかじゃなくて、俺らずっと友人で良いんじゃねってこと」
チャラ男の予想外の発言に思考を巡らせる。ずっと友人。今まで散々苦労してきた友人がこんなあっさり出来るのか。
「そうだね、私達はここに来た時から勇樹君とはもう友達だと思って接してたけど、あれっ違ったの?」
「えっ、俺もだけど」
「私も!」
「皆……!」
心が温まるのを感じる。初めて会った時から友人って。世界中皆仲間同士です、なんていう聖者じゃないんだから。
でも、やっぱりたかしの友達なんだな。類は友を呼ぶというのは言葉は本当なのだろう。友達がいなくて孤独な生活をしていた僕に同じクラスになっていきなり話し掛けてくれたたかしと同じ。皆優しいのだろう。
「ボクモトモダチデス。ダカラ、サヨウナラユウキ」
ごめん、君はちゃんとした日本語で頼む。
お願いだから、あの人に誰かちゃんとした日本語教えてあげて!
「We're friends forever」
君は本当に日本語で頼む。悪いけど、聞き取れなかったぜ。
まあ、何となく分かったけど。
「まあ、そういうことだ、勇樹。良かったじゃねえか、こんなに大勢の友達にパーティー開いてもらえて」
「うん、そうだね、たかし」
より一層声を大きく。そして最大限の笑顔を意識して、
「本当に皆さん、今日はありがとうございました!」
そうしてパーティーは終わった。
☆★☆★☆★☆★☆
数ヵ月後。
僕は前いた学校から大分離れた、海辺の学校に通っていた。
今は窓側一番前の席から海を眺めている。
「よう、勇樹、おはよう!」
「おはよう、勇樹君!」
「うん、皆おはよう」
今日も皆、机に座っていた僕に挨拶をかけてくれた。
本日も問題なし。友人達と過ごす楽しい一日が始まる。