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1.お買い物(ウェイグ)

トップバッターは脳筋(笑)ウェイグくんです!

「あれ、ウェイグだ」


「あ?なんだ、ジルか」


 なんだってなんだよーと唇を尖らせながら、不満そうな顔をしてこちらへ歩いてきたのは、朱色の髪が目立つ少女、クラスメートのジルベット・メイルだ。

 不思議なやつで、幼い頃から男女問わず「怖い」と評判の俺の見た目に、一切動じない女。大きな翠の目はいつだって楽しそうで、よく顔全体で笑っている。いつの間にか友人カテゴリーに入れられていたらしく、よく後ろを引っ付いてくる。煩い奴は嫌いだったはずだが、よく喋る部類に入るはずのこいつには、不快感がないのもまた不思議だった。もしかしたら、剣術談義で意気投合したのが原因かもしれない。


 普段見かけても、制服か、あるいはそれより動きやすい実技練習用に配布された体操服ジャージを着ているのだが、今日のこいつは私服だ。しかも、予想に反して、ちゃんと「女の子」したやつ。

 足首より少し上くらいまでの、裾を折り曲げたデニム生地の細身のズボン。大きめのフリルがあしらわれた、短めで淡い色合いのワンピース。靴も一応合わせてはあるらしく、動きやすそうだが全体的に見て不自然さはない。


「…どっか出かけんのか?」


「ん?おう、商店街でもぐるっと見てまわろうかなー、と。今日半日で終わったし、時間あるからさ」


 学園の前に広がる学園都市内部には、学園生活に必要な道具類や武具以外にも、小間物や衣服を扱うような普通の店が並ぶ区画があるらしい。それが商店街だ。確か、喫茶店や甘味屋なんかもあったはず。


「一人でか?」


「うん、ロアナ誘ったんだけどさ。どうしても外せない用事があるからって」


「なるほど。…寂しいな」


「そう、実はもの凄い寂しい」


 からかってやろうと思い、にやりと笑って言ってやれば、真顔で返される。

 …っつーかなんでお前は袖掴んでんだ。


「だから、ウェイグ。一緒に行こうぜ」


「…なんでそうなる」


「いや、だってさ?一人かー、寂しいなーって出てきたらばったりとか。これはきっと運命の神様ってやつが道連れにしろって言ってるんじゃないかとおれは思うんだよ!友情を深めろと!」


「へぇ、意外だな。お前、神様なんて信じてんのか」


「うんにゃ、都合のいい時だけ」


「天罰でも当てられろ」


 行こう行こうと諦めない上に放してくれないジルに、それほど嫌だと思っていない自分がいることに驚きつつ、もうちょっとからかってやろうと思って、嫌だと言いながらむにむにと頬を摘む。お、柔らかい。そのまま軽く、横に伸ばす…


「、ぶは!ははは!変な顔」


「おあえがひっぱうからだお!」


「何言ってんのか分かんねぇな」


「はなへ!」


 放してやれば、頬を押さえて野生の獣よろしくこちらを警戒する。ちょっと涙目だ、軽く摘んだつもりだが、力を入れすぎたか。昔から、力加減するのが苦手なのだ、俺は。気をつけようとしても、この間もちょっと力を入れすぎたみたいで、軽くジルに睨まれたことがあった。

 うん、気を付けよう。


「仕方ねぇから一緒に行ってやるよ」


「え、マジで?やった!」


 ぱあっと、本当に嬉しそうに笑う。…相変わらず、頬は押さえたままだったが。

 俺が一緒に行く、なんて言ってこんな反応返してくるのなんて、こいつくらいだろう。友人になりたい、なんてことも、こいつくらいしか言ってこないし。


 そんなこと考えてたら、ちょっと照れくさくなってしまって。


「…ま、オコサマほっといたら何やらかすか分かんねぇしな」


「ぐぉ、またか!また子供扱いか、畜生!」


「着替えてくるから、待ってろ」


「おー、んじゃ、寮の前で待ってる」


「え」


「え?」


 寮へ向かって歩き出そうとしたが、思わず立ち止まり振り返る。

 なんで立ち止まったのか分からないジルが、ついてこようとして同じく止まり、こてん、と小首を傾げる。


 そういう言葉とは縁がないと思っていたが、敢えて言う。

 こいつ結構可愛いんだよ、よく見れば。たとえ普段の言動がいくら男そのものでも、だ。それが普通に「女の子らしい服装」をしているのだ。学園というからには、もちろん俗に言う「不良」なる連中がいる。俺も、入ってからいくらもしないうちに、そういう先輩方に「挨拶」されたのでちゃんと「挨拶」を返しておいた。けどどうやらそういう先輩方は、ちょっとオツムが年齢に追いついていないようなので、何をするか分からない。


 というか、それに遭遇する確率の高い男子寮の前で女子を待たせるのは、色々と危険だろう、常識的に考えて。


「ここで」


「えっと…?」


「待ち合わせんのは、ここ。すぐ着替えて、戻るから。動くな」


「?おう」


 訳が分かっていないらしいジルをその場において、彼女が勝手に動き出さない内に、と急ぎ寮へ向かった。なぜだろうか、小さな子供をもつ、過保護かとも思える親の気持ちが分かった気がする。




 * *




「おおー、結構賑わってるなぁ」


「ああ、結構多いんだな」



 さっと制服から着替えて戻れば、早いなーと暢気な声が返ってきた。

 案の定寮の付近では、不良の皆さんが群れていた。やっぱりついてくるなと言っておいてよかった、そう簡単に不覚を取られるような相手じゃないとは思うが、用心に越したことはない。

 そのまま正門を抜けるまでに何人かとすれ違って、じろじろと無遠慮に眺められたので、鬱陶しいという意味を込めて睨み返したが、角度的に見えていないはずのジルに脇腹を小突かれた。いわく、「睨むな」と。真っ青な顔でさっと目を逸らすから、何してるか分かるらしい。


「そーいうことすっから、トモダチいねーんだろ」


「ほっとけ」


 お前はお前で、言って良い事と悪い事があるだろ。別に気にしてはいないが、他人に改めて言われると虚しいものがある。お返しとばかりに頭を軽く小突くが、今度は怒られなかったので、ちょうど加減に出来ていたのだろう。



「おお、すげぇ」


「こんなもん誰が買うんだよ…」


 何を買う、という目的もないので、着くなり商店街を適当に見て回る。その途中に、やけにきらきらしい店があるなと近づいてみれば、ショーウィンドウには華美な宝飾類。アクセサリーショップのようだ。宝石は魔法の触媒として魔導士連中に重宝されているが、装飾としての人気が高いのも事実だ。最も、装飾として扱う場合は複雑にカットされるが、魔法の触媒として利用される場合は、できるだけ大きさを残して形だけ整えたものばかりだが。


 複雑な金や銀の細工に、細かく光をより美しく反射させるための工夫が凝らされているであろう、散りばめられた宝石。そんな装飾品は、驚く程高い。


「結局石だろ?こんなバカ高ぇもん欲しいもんなのか?」


「だよなー。こんなの付けてたら邪魔そう」


 ジルのこれは色々と女としてはあれなんじゃないかと思うが、その割に私服が実用性より可愛さ重視しているように見えるのは、俺の気のせいだろうか。フリルとか邪魔そうだし、ポケットは飾りのようについているだけみたいだし。

 そんな俺の視線に気付いたか、これは姉の陰謀だと苦笑する。


「一緒に下着とか買いに行かされた時は、持ってなかったのに、いつの間にか用意してたみたいでさ。こっちについて、荷解きしてたら妙に可愛い服でてくるし、トランク間違えたかと思ったよ。どうも姉ちゃんが、勝手に入れ替えたらしい。手紙入ってたよ、「あんな服持ってくとか正気の沙汰じゃない」って」


「そりゃまた…災難なことで」


「本当だよ。動きやすい服とか、楽な服とか入ってたのにさー」


 姉か。そういえば、蜂蜜色の淡い色合いの女と一緒にいたのを見たことを思い出す。

 よく似ていたが、あれが姉だったということだろう。見た感じは、そこまで強引そうには見えなかったが。特に、ジルと違って目が少し垂れ気味で、どちらかというと受け身で穏やかそうな印象を受けた。ジルは大きな目のためあまりそう見えないが、きりっとした感じの、猫目とでも言うのか、少し気が強そうだ。見た目と中身が逆なのだろうか、この姉妹は。



 他にも色々と見て回るが、流石に完全に女性向けと思われるファンシーグッズの店だけは、二人揃ってスルーした。ジルも同じ意見だったが、あれは、入るのに相当な勇気がいる。


 結構歩き回って腹が空いてきた頃にジルが何かを見つけ、満面の笑みで俺を見上げる。


「あ、あそこ!あのクレープ屋美味いらしいよ、行こう!腹減った!」


「俺も腹は減ってるが、甘いもんは好きじゃねぇ」


「甘くないのもあるんだってさ。実際食べた、クラスの女子情報だから間違いないって」


 ぐいぐいと引っ張られるままに連れて行かれる。メニューを見ると、確かに惣菜クレープなんていう、どう足掻いても甘くない代物がある。というかこれで甘かったら、きっとこのメニューを開発した奴の舌は腐ってる。


 俺が惣菜クレープ、ジルが、結局悩んだ末にデザートクレープを頼んだ。ジルの持つそれは、生クリームにラズベリーのシロップソース、生のカットフルーツがトッピングされて結構な大きさになっている。俺の方も結構ボリュームがあるので、多分このボリュームはあの店ではデフォルトなんだろう。

 大口を開けてかぶりつくその姿は、年頃の少女としてどうなのかと問うてみたくなるが、このボリュームならその食べ方が正解なのだろう。一口食べて、幸せそうな表情で唸りながら、口いっぱいのそれを咀嚼している。

 クレープなんて食べたことないが、ジルに習ってぱくりと一口。…うん、普通に美味しいな。また買ってみようかと思えるものであることは確かだ。


「…ふは、おいしー」


「甘いものでここまでご機嫌になるなんて、やっぱりオコサマだなー、お前は?」


「なんだよ、美味いもん食ったら誰でも和むだろー」


 あんまり幸せそうだったのでからかうと、むくれてしまう。面白いやつだ。


「食べかすつけて、ますますオコサマだな」


「へ?…おわ、本当だ。生クリームついてる!!」


 そんな風にウィンドウショッピングというのか、そこら辺の店を冷やかして周り、結局夕方まで、ジルと二人で過ごしたことになる。



 帰路に着きながら、こういうのも案外面白いものなのだなと思っていると、こいつも似たように感じていたらしい。面白いもんなんだなーと、いつもの暢気そうな声で言っていた。しかも、故郷の村には店自体がなかったから、買い物というのもあまりしたことがないとか。


「モダ…ってあのクソ田舎の!?」


「よぉし、よく言った。ちょっと歯ぁ食いしばれ?」


「いや、すまん。あんまり衝撃的だったから」


 モダ村っていえば、俺の実家より田舎だ。というかむしろ、前時代的な生活の村だと聞いたことがある。生活の基盤は、基本自給自足の物々交換。貨幣もあるにはあるが、あまり使わない…どころか、殆ど使用の機会がないとか。


「まぁ、一番近い町がベルゼーの手前にある、コルリダっていう町なんだけどさ。歩いて片道で一日かかるんだよ」


「一日!?買い出しに行くだけで泊りがけとかどんな僻地だよ…」


「だろー?お陰で人も少ないし静かでいいんだけどさ。

 で、買い出しは何人かで商隊みたいなの組んで、村全体の代理でお使いに行く感じかな。これがケッサクでさ、ただでさえ距離があるのに、荷車引くのが農耕馬のちっちゃいずんぐりした奴で、歩くのすーげぇおっせーの。で、片道一日で済むところがプラス半日余計にかかったりとかして。でも、こいつがいないと荷物はこべねぇし?」


「随分不便なとこに生まれたんだな、お前…」


「ん、でも、それにくっついて行って、魔物からおっちゃんとか荷物守ったりっていう護衛の真似事してたから、おれの修行にもなったし。それに、一応ふた月一回くらいの割合で、たまに行商人とかも村に寄ってくれるからな。主に、裏手の森で採れる薬草とかとの交換が目当てなんだけど」


 そんなことを言われても、余計田舎なんだなと実感させられるエピソードにしかならないんだが。

 それにしても。


「お前が妙に対複数の魔物との戦闘に手馴れてるのは、そのせいか」


「にひひ。まあね」


 入学してから何度か行われた実戦訓練のなかでも、ジルが一番しっかりした動きをするのは、護衛任務を想定して行われる、対複数の魔物との戦闘だ。決して護衛対象と設定された荷物には近寄らせず、それでいて手早く魔物を片付けていく。その手際の良さに、俺を含めた近接技能を主体にしている生徒が見惚れていたのは記憶に新しい。

 あるクラスメートの男子など、ぽーっと頬を染めて「戦女神って、あんな感じかなぁ」とかほざいていやがった。そういえばあいつ、あれからジルをよく視線だけで追いかけてる気がする。


「…そういやさ」


「あ?」


 他にも似たような目で眺めてる野郎がいたなーなどと、関係のないことを考えていると、隣を歩くジルが声をかけてくる。見下ろせば、俺の胸くらいの位置にある、上目遣いのそれと目が合った。


「前にさ。言ってたろ?「お前の剣を、正面から受けてみたい」って」


 確かに言った。

 今でもそれは変わっていない。どころか、実技で見るたびに、手合わせしたいという思いがどんどん強くなる。


「それで?「おれは嫌だ」ってか?」


「んー…実を言うと、ウェイグに言われたときさ、なんかぞくぞくしたんだ。楽しそう、って」


 おれも、戦ってみたいと思ってるんだと思う。言葉の途中で俯きながら、どこか自信なさげに彼女はそう言った。

 モダと言えば、人が少ない。幼い彼女に護衛についてもらうくらいだ、彼女とその師匠である母親くらいしか、まともに剣も振れないと思った方がいい。となれば、おそらく自信なさげに言っているのは、そういう風に感じる存在が初めてだったのだろう、同い年の『好敵手』が。


 少し納得したところに、ジルはさらに言葉を続けた。


「でもな、今はちょっと違うんだ。確かにお前とも戦ってみたいよ、けどさ。今は、どっちかって言うとな――」


 そこで言葉を切り、一度は下げたその視線を、今度はしっかりと俺に合わせて。




「――お互いに、背中を守れるような関係になりたいんだ」




「 え」



 俺の口から漏れた声は相当間抜けだっただろうし、その表情も相当間抜けだっただろう。

 

 ジルはジルで恥ずかしかったのか、夕日のせいだけではない赤に、耳まで染まって「うわぁ、やらかした!ごめん、あのな、その、えーっと、どう言えばいいんだろ?あれ?これって変なの?」とちょっと泣きそうな顔でパニックになっている。おそらく、俺が硬直するという反応をしてしまったせいだ。


「変?変だったんだよな?そうだよな、知り合ってそう経ってもないやつに背中なんて預けられるかってことだよなむしろお前より信頼できる奴くらいとっくにいるんだよって感じだよな、今のは忘れてくれ!」

「いや、誰もそんなこと言ってねぇし、そんな奴いたことねぇから。頼むからちょっと落ち着け!」


 どうやらこの少女は他人との交流が少なかったせいで、「外した」と思うとパニクって沢山喋るらしい。例の貴族の坊ちゃんとは条件が少し違うが、幼馴染同士、似たところがあるらしい。あっちは照れ隠しで沢山喋るらしいが。


 今にも羞恥で泣きそうな彼女の肩を掴んで、落ち着くように言うと、こっくりと頷いて、どうにか静まる。落ち着いたのを確認して。


「正直俺も、そういうことは言われたことがないから、戸惑ってはいる」


「ごめん…言うなら今かなー、って思って…」


「いや、結構嬉しいから、謝らなくてもいいんだが」


「ほ?」


 きょとんとして俺を見る彼女は、かなり間抜け面をしていたが、ここで笑うと色々台無しになる気がするので堪える。

 実際、こいつに会うまで、実は友人はいなかった。言うまでもなく、この初対面でちびっこに泣かれる顔のせいだ。家族にすら、「この凶悪面に友達なんてできるのか」と冗談ではあったが、賭けの対象にされたこともあるくらいだ。

 ならば必然的に、互いに背中を任せられる相手などいるはずもなく。




「…俺の背中は、任せた」



「! 、おう、任せろ!」


 こんな俺の一言だけで、こんなに嬉しそうな顔が見られるんなら。好きではなかったこの顔も、そう悪くはないと思えるのだから、本当に不思議な少女である。


 喜ぶ彼女の頭を軽くぽんぽんと叩いて、柄じゃねぇのは分かってるが、自然と上がる口角のままに微笑んで。





「だから、お前の背中は俺に任せとけ」




「…ウェイグ、そうやって笑ったら女子にモテるよ。多分」







 ――取り敢えず、笑顔のまま頭をはたいておいた。

 すぱん、といい音がした。















 後日、何故か俺達がデートをしていたという噂が上がり、付き合っているのかと聞いてきた連中全員を睨みつけて気絶させるハメになったことを、補足しておく。

ちゃんと落とせてるかなー

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