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第2話――慟哭――

 俺は言葉の意味を理解するまでに幾ばくかの時を必要とした。

 目の前にいるのはまだ頑是ない少女だ。自分の歳も俺はわからないが、それでも少女のほうが若いと断言できる。

 そんな少女がボロ切れ同然の布を身に纏い、体中を縫合した痕が数えきれない程に埋め尽くす。


「一体何の冗談だ……?」


 そう言う他なかった。

 目の前の現実はあまりにも非現実的で、先程聞かされた内容は衝撃的にすぎた。その上さらに少女と殺し合えと言う。これを冗談と言わずになんというのか。


『冗談? 私は冗談を言わない主義だが――ああ、被検体番号二の心配でもしているのかな? それならば問題ない。死なないかぎりは治せる。まぁ、一定以上を超える損傷や内蔵をあらかた破壊されてしまえばその限りではないがね。何よりもう君がいる。被検体番号二は破棄してかまわん』

「破棄、そんな物みたいな言い方するんじゃねェ!」

 俺の中に燻っていた感情のままに叫んだ。

 まだ頑是ない少女のこともそうだが、その言葉は何より、自分に対しても向けられているような気がした。何せ、オルクスの言葉を信じるならば、俺も彼女に造られた物・・・・・にすぎないのだから。

 反吐が出る。

 結局は俺も自分の事だから――なのだ。

 同情や憐憫も不満の感情も、結局は自分が晒されたからこその爆発でしかない。それが堪らなく不快で、とても惨めだ。

『考え事かい? 随分と余裕なようだが、もう始まっている(・・・・・・)のだよ?』

「ッ――――!」

 俺は腹部に強烈な衝撃を感じた。

 まるで全速力で棒に激突したかのような衝撃に俺は腹部が貫通したという錯覚さえ起こさせた。

 浮遊感を感じ、次は背中に衝撃を感じた。

 痛みで視界が暗転する。混乱する頭をなんとか冷静に回復しようとするが、背中と腹部からまるで火で炙られるような痛みがそれを邪魔する。

 俺は少女の小枝のように華奢な腕で壁まで殴り飛ばされたのだと揺れる視界の中、辛うじて理解した。目視した感覚では壁までの距離はゆうに三十メートルを超えていた。壁がなければ一体どれほどの距離になったのか。

 ふらつきながらも自分の体を観察する。

 痛みは酷いが外傷は見当たらない。

 これが人造人間の体という事なのだろうか。しかし、そんなことに悩んでいる暇も考えている暇も今はない。

 先程の痛みで確信した。

 俺はどこか少女だからと舐めていた。まだ小さく華奢だからと油断していた。


 生存競争の強者は向こうなのだ。


 ならば、なんとしても逃げなければならない。戦ってはだめだ――そう俺の本能が警鐘を鳴らす。

 しかし一体どこに逃げれば良い。

 四方は白い壁に囲まれ、天井も見上げる程にたかい。逃げ場などないように思える。

 被検体番号二が迫る。だが速さはそれほどでもないようだ。普通の少女が走るのとかわらない。避けることに問題はない。

 被検体番号二が拳を振りかぶる。

 俺はそれをなんとか右に避け、回りこむように背後へと逃げる。直後、体が浮き上がるような地震と共に爆発したかのような轟音が響き渡った。


「なんなんだよそれは」


 俺は驚愕に目を見開いた。

 超人的な力があることは先程わかった。けれど、分厚い壁に肩まで腕がめり込むほどの拳打とは一体いかほどの力があれば可能なのか。


『一つ教えておこうかな。まず、戦うという意思を持つことだ。君の体は君が思うほど弱くない。言っただろう? 君は人を超えた存在だと。意思さえ持てばその体はおのずと相応しい動きを見せる』

「戦うという意思? もっと具体的なのはないのか!」

『感覚的なものを言うならば私がわかる筈もないだろう? 君こそが唯一無二、完全な存在なのだよ。だがね、生物というものには必ず本能がある。君の本能はこと戦闘に関しては動物に近い、つまり獲物がいてそこに狩るという意思さえあればあのずと体が反応すると私は考えている。だからこそ、戦うという意思を持つのだ』


 戦うという意思。


 けれどそのような意思など俺の知識にはのっていない。

 戦う意思とはどう持てばいいのか。

 少女の絶え間ない攻撃は尚も続く。右手が、左手が、俺を狙う。少女の攻撃は至って単純に振りかぶり、振り下ろす。ただそれだけを愚直に繰り返す。

 見た目通りに子供の喧嘩のようなものだ。


 そこに超人的な力さえ有していなければ。


「既存の知識にのって動く必要などない。君が思ったことが現実になるだろう」


 俺は避ける。右へ、左へ、下へ、時には上へ、回りこむように、滑るように、易々とぎりぎりで頭を動かし、体をずらした。


 だが、限界は来た。


 俺は避けられないと悟った拳に対し、腕を十字にして防御体勢を取る。まるで駒切れのように遅くなる世界はまるで走馬灯のようだ。

 来るべき痛みに歯を食いしばる。


 ――鮮血が舞った。


「あぐぁああああああ!」

 骨が軋み、内蔵が悲鳴をあげる。体中が熱を持ち、痛みとなって体を駆け巡る。それが自然と俺の口から悲鳴となった。

 俺はあまりの痛みに意識が朦朧としながらも――を見る。そこには見るも無残な俺の――がある――筈だった。


 しかし、そこには打撲を受けた痕はあるが、血は一切でていない。


「――え?」


 そう気付いた俺は即座に少女を見た。

 強者であった筈の少女は腕の皮膚が裂け、そこからまるで○○のように鮮血を垂れ流していた。

 そこで俺はあることを思い出した。

 オルクスは初めに俺に言っていた。

 俺こそが初めて人を超えた存在(・・・・・・・・・・)だと、そう――初めての完成体こそが俺なのだ。

 ならば、他の百二十八体の人造人間はどこかしらに欠点を抱えていることになる。

 だが、血などお構いなしに少女が此方に向かって駆ける。感情など欠片も存在しない能面のような表情は痛みなどまるで感じていないように見える。

 鮮血に塗れた腕を振り上げ、振り下ろす。超人的な力に遠心力が加わったそれを屈むことで躱す。頭上に風が吹き荒れた。大質量の物体が頭上を通過したのと変らぬ力は躱すごとに神経をすり減らし、汗を照れ流す。


 ――怖い。


 ただただ、怖かった。

 少女の拳がまるで巨人のそれに見える。俺の方が速さに勝る。だが、避けなければならないという恐怖で体が強張る。


「壊……して……」

「え?」


 ぽつりと俺にしか聞こえない声で少女が言った。


「なぜ……? ッ――」

「もう疲れた……だか…………ら……」


 そこで俺は理解した。

 彼女は被検体番号二――つまり、最も多くこの実験という名の殺し合いをさせらてきたのだ。死ななければ治せるとオルクスは言っていた。

 つまりはそういうことなのだろう。

 壊しては壊れ、壊れは壊して。そうして少女は生かされてきたのだろう。


 ――俺の体から無駄な力が消えた。


 オルクスの言葉が俺の中で再生される――戦うと言う意思を持つことだ、と。


 空間が歪んだ。


 渦を巻くように、空気のようで空気ではない物が俺に流れこむ。


「ほう。それが魔力というものだ。魔術師は自分の体にある魔力を使い魔術という奇跡を成す――が君は違う。君はその体に世界の魔力を取りこみ、自分のものとする」


 オルクスの言葉が手に取るようにわかった。

 世界が俺の一部となる感覚、全能感が満ち、力が溢れる。

 少女の拳が迫る。

 彼女にとって、もはや条件反射のようなものなのかもしれない。しかし、先程までの暴風はそよ風に等しい。

 その拳を俺は優しく受け止めた。

 魔力で強化された俺にとって、もうその拳に重さは感じられなかった。か弱い少女の拳だ。

 俺は少女の胸に手を置いた。

 これから俺がやることはただの自己満足なのかもしれない。他にも救いはあったのかもしれない。

 だけど俺は思ってしまった。

 こんな実験に付き合うのはもう俺だけでいいと。記憶もなく、自分という存在すらあやふやな俺だが、それでも少女の最後の願いだけは叶えたたかった。


「ありが……と…………う」


 少女が俺に囁く。

 それを合図に俺は力を解放しながら少女を軽く押す。

 ただそれだけで少女はこの世から姿を消した。


 俺は自分の心から色が消え行くのを感じた。


「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


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