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序章――出会い――

 ――俺の世界は白色でできている。


 代わり映えのない日常。

 俺の世界はこの白く統一された壁に囲まれた部屋と部屋を行き来し、命令された行動をただ繰り返すのみに従事する。

 来る日も来る日もそれは変らない。


 目の前に一匹の獣がいる。

 俺の身長をはるかに超えるその姿は余裕で二メートルを上回っているだろう。ライオンのような顔とその周りに生える(たてがみ)、馬のように引き締まった体と像のように太い手足。

 醜悪なソイツは涎を垂らしながら対面に立つ俺を見ている。

 お預けをくらった犬のような気持ちなのだろう。解かれるのを心待ちにし、狂おしいほどの衝動にその身を任せることを望む。だが、それは無為だ。

 それでは代わり映えのない日常のままだ。


『被検体番号百二十九と 被検体番号八十五の戦闘を開始する』


 無機質音声が俺の耳朶を打つ。

 詳しい構造はわからないがここではない別の部屋で観察している所長から音声のみを届けているらしい。外の世界では魔術のみで代替しているらしいのだが、所長は科学と魔術の融合こそがこれからの人間の進化を促すと話していたことがあった。

 被検体番号百二十九――それが此処での俺の名前、存在の証だ。そして目の前の怪物が被検体番号は八十五なのだろう。


「グルルルルッ!」


 被検体番号八十五も本能的な部分で命令を理解しているのか戦闘体勢に移行したようだ。

 実に空虚だ。

 来る日も、来る日も。

 戦って、戦って、戦って、戦って、戦って、戦って、戦って、戦って、戦って、戦って、戦って、戦って、戦って、戦って、戦って、戦って、戦って、戦って、戦って、戦って、戦って、戦ってきた。

 被検体番号八十五が風さえも置き去りにしながら迫る中、俺はそんな事を考えていた。


 この白色で、変化のない世界で。


「グルァアアアアアアアアアアアア」


 雄たけびと共に一足飛びで被検体番号八十五は俺の鼻先まで移動した。

 被検体の中でも一際速いその移動速度は被検体の中でもそれだけ有力な個体だということだろう。しかし、それでも遅すぎる。

 俺は瞬時に背後へ跳んだ。するとまるで大きな壁が迫るように暴風が全身を撫でる。被検体番号八十五の手が直前まで俺がいた場所を通過し、無防備にその腹部を晒す。

 そこへ手を差し込んだ。

 力を特に加えたわけではない。俺の常識外れの体は戦闘体勢に移行した瞬間から性能が跳ね上がっている。力なんて少しでいい、後は角度と場所だけだ。

 直後に発する轟音、耳を塞ぎたくなる衝動に駆られたがそれを俺は無視する。右手には被検体番号八十五の肉を打つ感触がある。骨を絶ち、内蔵を破壊した確信がある。


「グァッ! グルァア!」


 腹部への衝撃により被検体番号85の頭が下がる。それに合わせ左手を握りこみ、魔力を纏う。空間が軋み、歪む。室内に漂う魔力を俺が吸収しているからだ。それこそが、俺が最強で――魔法と科学が融合した初の生命体である所以。


「終わりだ。被検体番号八十五」


 特大な魔力を被検体番号八十五の頭部に放つ。


 世界が光に塗りつぶされた。


 圧倒的なまでの光量に俺でさえ一時視力を失った。加減を間違えてしまったようだ。案の定、被検体番号八十五の姿どころか、痕跡さえ何一つそこには残っていない。


 「ふぅ」


 息を吐き俺は吸収した魔力を体外に排出し戦闘状態に移行していた体を通常状態に戻す。極度の集中からの虚脱感と自分の視界が広がるのを感じる。


 そこで俺はやっと異変に気付いた。


 いつもなら即座に終了のアナウンスが流れ、また俺は隔離部屋へと収監されるはずなのだ。しかし、終了したにもかかわらずそうされる様子は一切ない。

 首を傾げる俺は微かな物音を聞いた。

 防音で囲まれる部屋の中にいて確かに感じる物音にただならぬ違和感を覚えた俺は音のする方向の壁に触れた。

 そこからは確かに振動を感じる。

 別の被検体同士の戦いが白熱しているのかとも思ったがその振動は徐々に近くなっていることに気付いた。そう――まるで壁を壊しながら進んでいるような。


 身の危険を感じた。


 別に自分の鋭利すぎる感覚によるものではない。ただの何となく、俺は後ろに跳躍した。超人的な身体能力を有する俺は軽い跳躍でも十メートルを超える。

 直後に爆発音が部屋を蹂躙した。

 直径三メートルに達する穴から炎と熱気が吹き出し、後を追うようにガスが駆け巡る。

 明らかな非常事態だ。

 俺は再度体を戦闘状態に移行させ、まるでコマ送りのように周りとの時間がずれていく中、その穴から人影がこちらへ歩いて来ることに気付いた。

 この施設への侵入者だろうか。それなら敵なのか、はたまた別のナニかなのか。人影から推測するに女性のようだ。男性にしては小さく、それにほっそりとしていた。

 女性が脚を踏み入れ、姿を現す。


 ――そこで俺は、運命と出会った。


 まるで冠のように覇気を放つ金色の髪を流麗に靡かせ、凪いだ水面のように澄んだ碧眼、この場では違和感にしかならない青いドレスに身を包んだ彼女はどこかの貴族様のように華やかだ。


 時が止まった気がした。

 恐怖などの感情以外で初めて体が膠着した。意思を体が拒絶するように、目が離せない。初めて出会った筈だ。何も知らない筈だ。

 呼吸の仕方がわからない。

 手の動かし方がわからない。

 脚の曲げ方がわからない。

 振り向き方がわからない。

 屈み方がわからない。


 ――なにもかもがわからない。

 

 そんな俺がある種の金縛り状態の中、彼女はそのぷるんと形の良い唇をゆっくりと動かし、言った。


「貴方がオルクスかしら? どうしましょうか、確認の仕様がないわね」


 俺を指さしながら彼女は悩むように腕を組んだ。

 それは間違いだと言いたかったがまだ思うように口が動かない。


「『我は魔の担い手。浄化を司る炎を操る者なりて、そなたに永遠の無を与えよう』」


 俺の視界を炎が包む。

 圧倒的な熱量に自分の肌が焼かれる焦げ臭い香り。


「無言は肯定と取るわ。災厄の科学者――オルクス」


 俺と運命との出会いは、痛く苦しく、そしてどんな情熱よりも熱いものだった。


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