ななつめ
「真面目なんだねえ」
ミナがぽつりともらした。自分でも言おうと思って言ったわけではないらしい。しまったという顔をしてわたわた手を振った。
「違うよ、変な意味じゃないよ? ただなんていうか、一本気だなっていうか」
「融通がきかないともいいますね」
エレクの言葉にうぐっと何かを飲み込んでからミナはすぐに続けた。
「いやいや。物事にまっすぐなんだと思うよ。適当にあいまいなまま終わらせたくないってことなんじゃないかな」
「どうでしょうねえ」
それでも疑いの気持ちを捨てきれないままエレクはうめいた。結局ぼくが石頭なだけって話なんじゃないだろうか。ぼくが我慢して性格を直せば済むことなんじゃないだろうか。
でも無理して自分を押し殺して、そんなのが本当に正解なんだろうか。そもそも「直す」ってなんだろう。ぼくはそんなに間違っているのかな。
「嘘をつかないでいるって大変なことだよ。エレクくんは偉いとわたしは思うな」
エレクはうつむいて黙ったままその言葉を受け取った。お礼は言える気がしなかったけれど。
代わりに口をついて出てきたのは疑問の言葉だった。
「人ってなんで嘘をつくんでしょうね……」
ミナはそうだねえと頬に手を当てた。
「他人をだまして得をするため。自分を大きく見せるため。逆に小さく見せるため。他人を傷つけないようにつく嘘なんかもあるね」
ひとつひとつ数え上げてミナは指を折っていく。
「あとは他人の気を引くため。ううん、どこまで数えてもキリがないなあ。もしかしたらみんな目の前の本当のことから逃げ出したいのかも。本当のことって優しくないことばかりな気もするもんね」
「ミナさんも?」
「わたし? 嘘をつくかってこと? 魔女はすごくたくさんの嘘をつくよ」
そこまで言ってミナは顔をしかめた。こめかみに手を当ててウンウンとうなりだす。
「あれ? そう言っちゃうと違う気がする。もっと正確に言うと……ええと……」
いまだご機嫌ナナメなペルの横でしばらくじっくり考え込んだ後、ミナはようやく目当ての言い回しにたどり着いたようだ。
「魔女は本当と嘘の境目にいるんだよ」
「境目?」
そう、境目、と言ってミナは虚空にピッと線を引いて見せた。
「魔女はね、いろんなことがあいまいな、不思議の世界に住んでるの」
「どういうことですか?」
「それは魔法と関係してるかな」
魔法。魔女が魔女と呼ばれるのは魔法の力を持っているからだ。でもそういえば、彼女の口ぶりでは魔法は使うものじゃないらしい。
「そう、魔法は使うものって言ったらわたしは、ん? って思う。だって魔法はそんなに都合のいいものじゃないから」
「できることとできないことがある?」
「そういうのともまた違う。そもそも魔法は魔女の道具じゃなくて、それ自体が生きているもの。できるできない以前に魔女の思いに従ってくれるわけじゃないんだ」
ミナはついと上を指さした。自分も空を見上げて説明を続ける。
「例えば雨に降ってほしくて雨乞いをしたとするよね。魔法の機嫌がよかったりして聞き入れてくれたときは雨が降る」
でも、と指を下して視線もエレクに戻す。
「それはすぐにってわけじゃない。数刻後かもしれないし数日も後かもしれない」
「それって雨乞いの効果関係なくないですか?」
雨乞いしてもしなくてもいつかは雨が降るのは当たり前だ。
ミナはそれが難しいとこ、とうなずいた。
「経験を積んだ魔女ほど願いを聞いてもらいやすいとはいうけどね。魔法の気分次第ってことは変わらないみたい」
「でもじゃあそれって……」
嘘と同じじゃないか。
エレクは顔をしかめた。いや嘘だとわかっているならまだいい。そんなことを本当に信じてしまっているならそれは――
「妄想と同じだね」
ミナがかすかに微笑んだ。
頭のおかしい人には見えない。実際変なところは全然ない。魔法を信じていること以外は。でもそれは単純に頭がおかしいよりもっとよくないのかもしれない。
「でもね」
ミナは周りを見回す。蝶はどこかへ飛んで行ってしまったらしくもういない。
「この場所は今日初めて来たんだ」
「え?」
意味が分からずにエレクは間の抜けた声を上げた。しばらく考えてようやく飲み込む。
「それじゃあここに来ようと思って出発したわけじゃないってことですか?」
「そう」
なら適当な場所がなければ延々と歩き続けるはめになっていたのか。
そんなことが頭をよぎる。
「なんとなくだけどね、ピクニックにちょうどいい場所があるような気がしたんだ。こういうときの勘は必ず当たる。これもきっと魔法なんだと思う」
普段魔女と普通の人がほぼ絶対に出会わないのもそう。魔女と出会った人が悩みを解決して帰っていけるのもそう。
「それってただの偶然じゃ」
「そうかもね」
ミナは立ち上がって「帰ろっか」と言った。「だいぶ話し込んじゃったね」
エレクも黙って立ち上がる。そのまま黙々とシートやらを片付けた。
「魔法でこの世から嘘をなくすことってできません?」
ぽつりと訊く。ミナは、
「どうだろうね。魔法にも荷が重いかも」
とだけ答えた。
帰りは行きよりも早く家に戻れた。これも案外魔法かもしれない。
夕食の際にミナが思いついたように
「本当のことっていうけど、本当ってなんだろうね」
と言ったのが、寝るまでエレクの頭に響いて消えなかった。
嘘って本当に分からない。今日の会話でもっと分からなくなった。でもなんとなく、ほっとした気分になったのも事実だった。
……
結局それから二泊した。帰ろうと思ったのはその日が祭りの日だということと、単純にホームシックに陥ったからだ。
「また来たくなったら来てね」
村に続く道の上に立って、ミナはそう言った。そしてエレクの肩にポンと触れる。
「もっともエレクくんはもう大丈夫だと思うけど」
うん、そうだよ、とひよっ子魔女は笑った。だといいですねとエレクも微笑んだ。
道を歩きながら思い返す。村でエレクが怒ったもう一つの理由。あの子の嘘を教えてくれた別の子が、実はエレクの意中の人なのだ。
(この気持ちには絶対嘘はつけないもんなあ……)
頭をかきながら振り返ると、もう少女も風車小屋も見えなくなっていた。
その後村に帰ったエレクは両親にしこたま叱られて、あの子に慰められて、ついでに嘘のないストレートな告白を受けてミナのことはしばらく忘れてしまうのだけれどこれは別の話。
そんなこともきっと魔法の仕業なんだろう。
……
「さあ出発ー!」
今日もどこかでひよっ子魔女がピクニック。猫も無理やり引っ張り出されるのだけれど、これもまた別の話。
(エレク少年は嘘嫌い:おわり)