むっつめ
つまりは喧嘩なのだ。一言でまとめればそれだけ。ある子供が嘘をついて、別の子がそれを許せなかったというただそれだけ。
嘘の内容にしたって大したものじゃない。数日後に村でお祭りがあって、子供はペアで踊ることになっているのだけれど、その子はエレクと組んだのだと皆に言いふらしていたらしい。エレクには知らせずに。エレクは他の子から聞かされて初めてそれを知ったのだった。
エレクは怒った。なぜって勝手に大事なことを決められるのは気に入らなかったし、その子とは前から仲が悪かったのもあるし、そもそもなぜ仲が悪かったかといえばその子が嘘をつくこと山のごとしだったからだ。
やれ向こうの草むらの岩の下には宝があるといってはエレクを連れまわしたり、やれ向こうで珍しい鳥を見つけたといってはやっぱりエレクを連れまわしたり。
エレクは嘘が嫌いだった。これには理由と呼べる理由はない。なんだか中身のないふわふわしたものにはイライラせずにはいられないのだ。昔からこうだったしこれからも変わることはないだろうと思う。
まあそんなわけで、とうとう腹に据えかねたエレクがその子と大喧嘩していると、当たり前だが人が集まってくる。集まってきた人はでも、みんな向こうの味方なのだった。
「いやまあだって、お前それは、なあ?」
みんな一様に同じ、なんとも言い難い顔をしてうめくのだ。仕方ないだろ、と。それに加えてもう一言。
「そんな小さいことでガタガタ言うなよ」
キレた。もうプツンと。いやもうブッチィーンッと。あんたたちにはどうでもよくてもぼくにはそうじゃないんだよ!でも言い返せなかった。怒りのあまり口もきけなかったのだ。
「――それで村を飛び出してきたってわけです」
説明を終えて息をついた。
「まあちっちゃい話なんですけど。でもぼくにとってはすごく重要で。だってぼくは他の誰とも相容れないってことですし」
世界中が敵というのと同じことだ。どこにも居場所がない。ずっとずっと一人ぼっち。
「あいつも半泣きだし、それも大変といえば大変――どうしました?」
ミナの表情に気づいて口を止めた。砂利を噛んでしまったような笑いに顔がゆがむのをこらえているような。そんな微妙な表情。あの時の村のみんなの顔にそういえば似ている。
「ええと。その喧嘩した子っていうのは女の子?」
「はい」
きっぱりとうなずく。
「女の子だからといって許されるわけありませんよね」
「う、ううん……」
まるで難題にぶつかったようにミナがうめいた。まいったなあというつぶやきも聞こえた。きっとミナもみんなの肩を持つのだろう。
分かってたさ、とエレクは小さく毒づいた。どうせみんなぼくの敵なんだ。
猫の頭から蝶が飛び立った。
むすっと黙り込んだエレクにミナはどうやら困り顔の様子。もっと困ればいい、とエレクは思った。八つ当たりだと分かってはいたけれど。
「あのさあ、エレクくん」
慎重に、足元を確かめるような声色でミナが口を開いた。
「少し頭を冷やして考えてみよっか。あ、いや別に君が冷静じゃないとかじゃなくてね。いや本当に。うう……」
エレクの険しい視線にいくらかくじけた様子ながらも少女は続ける。
「ええと、その子が嘘をついたことそのものじゃなくて、なんで嘘をついたか。それを考えてみたらいいんじゃないかな」
「ぼくに好意を持っているからでしょう」
「あれ?」
間の抜けた声を上げてミナが瞬きする。エレクは、もちろん考え違いかもしれませんが、と前置きして続けた。
「嘘をついてまでぼくを連れまわしたのはぼくの気を引きたかったから。ぼくと踊りのペアを組んだなんて嘘をついたのはそれがそのまま本当になってほしいと思ったから」
言葉を切る。ミナは気の抜けた顔でこちらを見ていた。エレクは頭をかく。
「……ナルシストっぽいですかね」
「あ、いや……そこまで分かっていたならなんで怒ったの?」
「そりゃさっきも言ったように考え違いの可能性もありましたし。もしそうじゃなくて当たっていたとしても、やっぱり嘘は許せません。性分なんです。あとそれから」
そこまで言って、少し考え、やっぱりなんでもありませんと打ち消した。
「とにかく、仮にあいつがぼくのことを好きだったとしても、駄目なものは駄目です」
好きなら余計に嘘をつくべきではないと思います。とも付け足した。エレクが嘘嫌いなのは村では結構知られたことだったのだし。
先ほどペルの頭にとまっていた蝶が花から花へとひらひら飛び回っている。しばらくすると別の蝶がやってきて一緒になってひらひらひらひら。まるで二匹一組のダンスを踊るかのように複雑な軌跡を描いた。