いつつめ
翌日はしとしと降る雨の音で目を覚ました。風もでているようで風車の音が昨日より大きい。寝ぼけ眼で部屋を出てそのことを口にすると、ミナは「あと少ししたらやむと思うな」とだけ答えた。
朝食のパンとスープがエレクのお腹におさまるころ、果たして風雨は穏やかになって、ほとんどやんだような状態になった。
「何してるんですか?」
「ピクニックの準備」
なにやらごそごそやっていたミナはエレクの問いにそう返した。
ピクニック? エレクは怪訝に思ったけれど、大きなかごの中にはサンドイッチありリンゴありチーズありの盛りだくさんで、あ、これぼくも強制参加なんだな、となんとなく悟った。
顔を出した太陽が二個分動いたころ、二人と一匹は出発した。うち一人はしぶしぶといった様子で、それから一匹はかなり嫌がったけれど強引に引っ張り出されて。
「はーい出発ー!」
ミナの腕の中で手足をばたつかせるペルに、エレクは心底同情した。
昨日ミナと出会った川を森の方へとさかのぼる。せせらぎの音を聞きながら歩くこと割と長く長く。森が近づいてきて、「まさか中には入らないだろう」とたかをくくっていたエレクの予想を裏切りずんずんずんずん。ペルと荷物の両方を抱えているのに手ぶらのエレクよりも少し速い。
「どうしたの?」
「いえ……意外に健脚ですね……」
としか答えられない。ミナはそれからも容赦なく行軍を続け、ようやく立ち止まったのは正午をわずかにすぎてから。
「よし、到着!」
高らかに宣言するミナを見上げてエレクは深く息をついた。なぜ見上げているかといえば、あまりの疲れにしりもちをついていたからだ。どこに到着したかは知らないけれど、まあとにかくこれで一休みできる……
「そっち側引っ張って」
「……」
エレクはジトっとした目で身体を起こし、ミナの持つシートの反対側を半分やけくそに引っ張った。ミナは気づかなかったようで、ありがとーと気楽に言ってのけたけれど。
(ああもうやだ……)
エレクだって村の子でそれなりに丈夫だ。こんなにくたびれたのは久しぶりだった。シートの上に身体を投げ出して目をつむる。ミナがごそごそやる音、ペルのわずかな歩行音、それから木の葉同士がこすれ合うささやき声。それから……それから。
(……ん?)
わずかに湿った、さわさわとした何かが右手をくすぐっている。目を開けると黄色い小さな花が、風に合わせて手に当たっているのが見えた。
上体を持ち上げて見回す。そこは木が場所を空けて小さく空き地になっているところ。色とりどりの花が目いっぱいの日光を浴びている。
さらに顔を上げると川の上流方向に山がそびえているのが見えた。ごつごつと薄青く、頂上付近はきらきらと白い。
「いい場所よね」
視線を引き戻すとミナがサンドイッチをこちらに差し出していた。匂いにつられたのかペルが小さく鼻をひくつかせた。
二つのサンドイッチをお腹におさめて三つ目をぱくつきながら、心がほぐれていくのを感じる。それに合わせてふと思い出すことがあってつぶやく。
「訊かないんですね」
「んー?」
ミナが間延びした返事をした。その手が不機嫌そうな様子のペルのあご下をかいてやっているのを見つつ続ける。
「いや、ぼくが村を飛び出した理由の続き」
「そういえばそうねえ」
のんびりと答えて、彼女はこちらの視線に気づいたようだった。
「あ、忘れてたわけじゃないよ。もちろん聞く気がないわけでもない。でも無理に聞き出すのはよくないかなと思ったし、なにより君が話したいときに話すのが一番だろうし」
「そんなに深く考えていたようにはとても見えませんでしたけどね」
エレクは小さく笑って言った。ミナも「そっか」と笑った。
エレクは傍らの花を見下ろし、それから上流の山を見上げて、ゆっくりと口を開いた。
「まあくだらないといえばくだらない話なんですけどね――」
蝶がひらひらと飛んできてペルの頭にとまって、その一瞬だけ言葉が途切れた。