よっつめ
ミナが戻ってきたのはエレクがもう出ていこうかなと思い始めたころで、つまり結構な時間が流れたわけだ。
「ごめんごめん。お待たせ」
「……何してたんですか?」
一応気にはなって訊いてみると、ミナは客用の部屋の片づけと答えた。
「といっても大したとこじゃないんだけどね。でも散らかってるのは嫌でしょ?」
「? 誰か来るんですか?」
エレクの言葉にミナは、ん? と片方の眉を上げた。
「あれ? 泊まっていかないの?」
「え? ぼく?」
「そうだよ? ほかに誰がいるの」
ミナはそこでふっと口を止めてほんの少しだけ考えるような間を置いた。
「……もしかして他に誰かいたり?」
「いいえ」
「だよね」
よかった余分は一部屋しかないから、と安堵の表情を浮かべてミナはペルを撫でる。ペルは嫌そうに身をよじるのだけれど、彼女はお構いなしだった。
何の確認だったんだろう。目に見えない人がいるわけでもあるまいし。エレクは訝しい思いをぬぐえないまま口を開いた。
「えっと、ぼく泊まっていくことになったんですか?」
「うん」
いつの間に。かなり面食らって、でも窓の外を見ると日は既に大きく傾いていた。今から帰ろうとすれば、村に着くのは日が沈んでしまった後だろう。それが嫌なら確かに泊めてもらうしかない。
「……いいんですか?」
「いいも何もわたしと出会ったわけだし。一人だけならちょうど部屋空いてるし。もうすぐ日も暮れるし。これはきっと魔法だよ。なら流れには乗っておいた方がいいよね」
またよくわからないことを言う。ただもう一回訳のわからないことを聞かされるのも気が進まなかったので、エレクは黙ってやり過ごした。待たされなければ問題なく日暮れ前に帰れたんですけど、とももちろん言わなかった。
「それじゃあゆっくりしていってね、えーっと」
ミナはそこで口をつぐんだ。しばらく虚空を見上げて考える顔をしてから、エレクに視線を落とした。
「……名前、なんだっけ」
猫がにゃーと小さく鳴いた。
……
「エレクくーん」
ドアノブが少し動いて、それからあっという小さな声。こんこん、と遠慮がちなノックがやり直される。ベッドから身を起こして返事をすると、ミナが「夕食にしよう」とドア越しに言った。
部屋を出て先ほどのテーブルに着く。テーブルには鍋がでん、と乗っていて、中身はどうやらシチューのようだ。
いい匂いにエレクのお腹が少しだけ鳴った。対面のミナは気づかなかったようだけれど、棚の上のペルはその瞬間だけこちらに目を向けた。
「それじゃあ召し上がれ」
ミナが取り分けてくれたシチューを口に運ぶ。熱い! と思ったけれどそれほどでもなくて、まろやかな塩味が口に広がった後、最後にほんのり甘味が舌の上に残る。
「……おいしい」
ぽろりと口から言葉がこぼれた。
「そう? よかった」
それとなくこちらの様子をうかがっていたらしいミナは、安心したように笑って自分の分に手を付けた。
少し胃に物が入ると余計にお腹がすくこともある。エレクは黙々と食事を続けて、ミナも特に話しかけてはこなかった。だから、風車の歯車の音を別にすれば割と静かだったし、その歯車にしたって風が弱くなったのかあまり軋んではいないようだった。
ふと窓の外に目をやると、日はすっかり沈んでしまっていて、低いところに月が見える。ぼーっとそれを眺めていると、ミナが気づいて声をかけてきた。
「どうかした?」
「……いえ」
と誤魔化しはしたけれど、エレクは自分の胸の中身に気づいていた。悲しいわけでも寂しいわけでもない。でも、なんだかしくしくと痛むような感じがする。
多分、と思う。これが遠くにきちゃったって感覚なのかも。
「村の人たち、今頃きっと心配してるね」
「それはどうでしょう」
ミナに力なく返事する。
「前から何となく疎まれてるっていうか、そんな感じはありましたし。出ていってくれてせいせい、ってところじゃないですかね」
「そうかなあ」
「きっとそうですよ」
行儀が悪いと知りつつ頬杖をついた。
「ぼくはメンドい奴、らしいですから」
じっとこちらを見つめるミナの視線を感じながら、反応する元気もなくエレクはため息をついた。