ふたつめ
あるものに対して抱くイメージなんて人それぞれだとは思う。でも魔女と聞いたら誰もが同じように思い浮かべる部分はある。つまり村の長老なんかよりもずっとずっと年上で、怪しい鍋をかき混ぜながら怪しい笑い声を上げて、箒で空を駆け抜け、満月の夜には奇特な儀式を執り行うといったような。
そういったイメージを頭に置いたとき、エレクの目の前にいる少女がそれにぴったり合うかといったら、まあ言わずもがな。
「ん。なあに?」
ミナはお茶のカップから口を離して首を傾げた。可愛らしさはあるかもしれないけれど、いわゆる魔女っぽい気配はかけらもない。
「あ、いえ……なんでもないです」
テーブルの上のお茶に視線を落としながら答える。手は付けていない。なんだかそんな気分じゃないのだ。
「お茶嫌い?」
「いえ、そうじゃないんですけど」
あなたが怪しいのが大きくて飲む気になれません、とはさすがに言えない。かといって嘘をつく気にもなれない。いや、嘘をつくくらいなら正直に言った方がはるかにマシだ。何しろ村での喧嘩の発端はそこにあるのだから。
「なんであそこにいたの?」
不意にミナが訊いてきた。
「なんでわたしに会っちゃうようなことに?」
「いやそんなことは知りませんが……」
妙な訊き方に当惑しながらもエレクは言葉を続けた。
「ちょっと村でごたごたあって。嫌になって飛び出したっていうか」
「ごたごた?」
「ええ、まあ……ちょっと」
いろいろあったのだ。とにかく今日初めて出会ったような人に打ち明けることではない。だからわざわざ言葉を濁したのだけれど。
「喧嘩か何か?」
ミナは朗らかに、悪く言えばずけずけと訊ねてきた。エレクは嘘をつけないので仕方なくうなずく。はあ、まあそうです。
「そっか。それで困ってるんだね」
その言葉はあまりに無神経に感じられて、エレクは思わずかっとなってかみついた。勢いよくまくしたてる。
「違います困ってなんかいません! ぼくはただ、正しく怒ってるだけで決して――」
「お茶、飲んで」
ミナはエレクの剣幕にもひるまず微笑みながら言った。
「落ち着くから。ね?」
「……」
怒りの熱を削がれて、浮き上がっていた腰を乱暴に椅子に落とす。カップを持ち上げ、お茶を荒くすすると、でも確かに少し頭がすっきりしたような気になる。ミナは、特別な薬草で作ったお茶なの、と告げた。
怒りが引いてくると今度は胸にちくりとした痛みが走る。エレクは苦い味を舌に感じた。
「……確かに、少しは困ってるかもしれません」
テーブルの表面を睨みながらうめくように認める。
「どんな顔して村に戻ればいいか分からない」
ミナはお茶をひとすすりしてカップをテーブルに戻した。
「大丈夫、安心して。わたしがあなたを手伝います」
それからにっこりと笑っても一言付け加えた。
「それがわたしたち魔女の仕事だからね」
エレクは先ほどの怒りも苦い思いも忘れて思わずその笑顔に見とれた。そして見とれながらも、この人頭大丈夫かなあと、一抹の不安を覚えたのだった。