三
それからしばらくはミナも真面目だった。他のもっと魅力的なことに屈することなく魔法の訓練、つまりは探し物に専念していた。
……だからといってそれに結果が伴うわけでもなかったが。
「なんだいこれは」
部屋の椅子に腰かけたままヘレナは手の中のそれを冷たく眺めた。
「探し物、見つけた!」
「……」
その石は確かに珍しい形をしてはいた。
丸い。完璧な円形だ。のみならずどの角度から見てもやはり完璧な円形なのだった。つまり綺麗な球形ということだ。
「すごいでしょ?」
「まあ確かにそれはそうだが」
「やった! あたしえらい子!」
「それは違う」
「えー!」
「探し物はこれじゃあない」
「なんで? きれいなのに」
「綺麗だがこれじゃない」
「お婆ちゃんはこの石嫌い?」
「それとこれとは関係ない」
むー、とひとしきり考えてからミナは独自に判断したらしい。
「じゃあ別の石探してくる!」
ヘレナが止める暇もなかった。
ミナは飛び出していきそれから六つほど珍しい形の石がヘレナの部屋に並ぶことになった。その日は探し物が石ではないことをミナがようやく理解して終わった。
その次の日もそのまた次の日も探し物は見つからなかった。
いよいよヘレナは不安になってきた。
この子には魔女としての資質が皆無なのではなかろうか。
とうとう癇癪を起して探索の放棄を宣言した孫娘(「もうやだー!」)を前に、ヘレナはそんな危惧を抱いた。
「一つ訊くが」
ヘレナは慎重に言葉を選んだ。あまりマシな文句があるわけでもなかったが。
「本当に、全然、見つからないんだね?」
「うん」
ミナはあっさりうなずいた。
「ムリ。見つかんない」
深々とため息をつく。
(これは、もしかして、いや間違いなく……)
ヘレナは静かに確信した。
「お前は魔女にはなれないね」
魔女は魔法という不思議を味方につける。なくなったものがあれば『不思議と』分かるし、見つけようと思えば『不思議と』見つかる。そういうものだ、魔女というのは。だからそれができないミナは魔女ではない。当然の帰結だ。
「えー!?」
ミナが大声を上げた。ヘレナは半眼で耳をふさいだ。
「うるさい」
「あたし魔女だよぅ! お婆ちゃんの孫だもん」
「血がつながってるからといって資質が受け継がれる訳じゃないよ」
ミナはわからなかったようだ。「シシツ?」と首を傾げた。
「お前はどう頑張っても魔女にはなれないってことだ」
それで納得するほどミナの頭は出来がよくなかった。当たり前だ。深刻に不出来な子なのだから。
「なれる!」
「なれない」
「なれるってば!」
「不可能だ」
うーっ。ミナは目の前の憎き偏屈婆を見上げて唸りをあげる。
たっぷり十秒ほども睨み合いが続いただろうか、ミナは最後に一声叫んでこちらに背を向けた。
「お婆ちゃんの分からず屋! 大馬鹿モニャラミミズ!」
モニャラ……なんだって?
訝しむヘレナを残してミナはばたばたとあわただしく出て行った。部屋のドアが大きな音を立てて閉じた。
さて厄介なことになった。
ヘレナがそう思ったのはもちろんミナが出て行ったすぐ後――ではなかった。夕方になり窓の外がかなり暗くなってもミナが戻っていないのを確かめて、それからようやく事態の重さを認識したのだ。
つまりミナの罵声(結局モニャラミミズとはなんだったのだろう)から九時間近くが経っていることになる。
(どうしたもんかねえ)
どこに行ったのかはなんとなく把握できた。なぜならばヘレナはミナと違って魔女だからだ。ただ、見当がついたところで連れ戻せるとは限らない。あの様子を見るに結構な機嫌の損ね具合だったように思える。
孫娘は不出来でかつああいうことに関しては見かけによらず頑固な子だ。今更お前は魔女になれるなどと嘘をついても機嫌を直すとは考えられない。仮になだめることができたとしても後々までしこりを残すだろう。
(それでも行かんわけにはいかんだろうね)
一応は祖母と孫なのだから。逆を言えば血縁関係がなければ探しに行く義理はない。
闇に怯えていようが関係ない。
蚊に食われていようが関係ない。
そう、転んで怪我をしていようが蛇に噛まれていようが獣に襲われていようが……
「……」
どんどん嫌な方向に加速していく思考に追い立てられるようにしてヘレナは邸宅のドアを開けた。




